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山代内臣

読み
やましろのうちのおみ
ローマ字表記
Yamashironouchinoomi
登場箇所
孝元記
他文献の登場箇所
紀   欽明14年6月条
    欽明15年春正月丙申(9日)条
    欽明15年夏5月戊子(3日)条
    欽明15年冬12月条
姓   大和国皇別
始祖
味師内宿禰
彦太忍信命(姓)
後裔氏族
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説明
 山背国綴喜郡有智郷を本拠地とした氏族。内は有智・有至・宇智とも書く。『古事記』では、味師内宿禰(比古布都押之信命の子、孝元天皇の孫)の後裔氏族として登場する。『新撰姓氏録』では、彦太忍信命(比古布都押之信命)を内臣の始祖に位置づけるが、内臣と同祖であることを明示する山公は味内宿禰の後裔氏族を称しているから、系譜上の位置に差異はないものと考えられる。『日本書紀』では、対朝鮮外交にかかわって内臣(名は不詳)が登場する。欽明天皇の時代、百済の援軍要請を受けて朝鮮半島に派遣され、新羅を攻撃して函山城を陥落させたという。ただし、欽明期を最後に六国史は内臣の活躍を記載しなくなる。内郷(有智郷)戸主の咋麻呂など、『正倉院文書』にこそ若干の氏人は散見するが、位階を帯した氏人も確認できず、すでに8世紀には衰退していたと考えられる。
参考文献
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