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ここに、八百万神共やほよろづのかみともはかりて、 速須佐之男命はやすさのをのみこと千位置戸ちくらのおきとおほせ、 亦鬢またひげ手足てあしつめとをり、はらへしめて、 かむ夜良比夜良比岐やらひやらひき また食物をしもの大気都比売おほげつひめの神にひき。 しかして、大気都比売はなくちしりより、種々くさぐさ味物ためつものを取り出でて、種々つくそなへてたてまつる時に、 速須佐之男命、わざを立ちうかがひて、 穢汙きたなくして奉進たてまつると為て、乃ち其の大宜津比売神を殺しき。 かれ、殺さえし神の身にりし物は、 かしら生り、 二つの目に稲種生り、 二つの耳にあは生り、 鼻に小豆あづき生り、 ほとに麦生り、 尻に大豆まめ生りき。 故是かれここに、神産巣日御祖命かむむすひのみおやのみこと、この成れる種を取らしめき。

○千位置戸 「「千位」に置く物(祓物)」(記伝・全書・全註釈・注釈・新版など)、「置く場所」(思想・集成・新編全集など)と語義の取り方は分かれるが、但し、新編全集頭注に「「置戸」は置く場所。ただ、単に場所ととったのでは、「負ほせ」ということに続かない。「置戸」は然るべき場所に置かれた物を指すととるのが妥当か」とあるように、両者の解釈の仕方はほぼ共通している。なお、「事戸」「詛戸」などの特殊な「戸」の用例については、【注釈(十一)黄泉国③・補注七(『古事記學』第三号)】を参照のこと。 ○又 「又、食物を大気都比売神に乞ひき」については、その主語を須佐之男命とする見方と、八百万神とする見方がある。『古事記』の「又」は、「又歌曰」「又○○を娶りて」等のように、基本的に文頭に用いられるが、文意・文脈が途切れずに前文から内容が連続している場合に使用される例が殆どである。特に上巻の場合は使用例が少なく、話が切り替わる際に用いられる例がない。故にこの五穀の起源神話の冒頭の「又」を段落の変わり目として理解すると、異例な用法ということになる。従来は食物を大気都比売に所望したのは須佐之男命であるとされていたので、この神話は後次的に挿入された遊離神話として理解されてきた。そのため、前後の神話との連続性が見られず、遊離した神話となってしまっているというのである。しかし、「又」の用法に従ってあくまでも前文からの繋がりで説こうとする見方もある。集成の西宮一民は、「八百万の神は須佐之男命を追放して空腹を覚えたので、食物神に所望した」とし、須佐之男命はその様を窺っていたと解釈している。新編全集も食物を乞うのは八百万神としているが、「何のために食物を求めたのか」は不明であるとし、「追放する須佐之男命のために求めたというのが妥当か」と記す。確かに「又」の使用例から見るならば(集成・新編ともに、特に「又」の用法によるとは述べていないが)、神話内容は連続していると見ることが出来るのかも知れない。しかし、「又」の中・下巻の用法を見ると、「又、兄師木・弟師木を撃たむとせし時に」(神武記)、「又、此の御世に、大毗古命は、高志道に遣し」(崇神記)、「又、天皇、三宅連が祖、名は多遅摩毛理を以て」(垂仁記)などのように、話題の添加、若しくは話題の転換などのような場面で、前文からは異なる内容を記述する際に用いられている例が、十例ほど見受けられる。更に上巻においても、八千矛神の「神語」の、沼河比売への求婚が終わった次の場面で、「又、其の神の適后須勢理毗売命、甚だ嫉妬為き」とあって、話題の転換の際に用いられている例が一例見られるのである。上巻の例の場合、「神語」の中での例なので、これを話題転換とは見做さないという考えもあるかも知れないが、「又」による接続は、そのように話の連続性をどの程度認めるのかという判断が必要とされるほど、その使用領域が広いということが言える。従って、仮にこの場面の主語を八百万神であると判断するならば、「又」による接続であり、なおかつ「又」の後に主語が明示されていないという点が判断材料となるであろう。しかし、主語が明示されないという点では、次の八俣大蛇退治神話の冒頭、「故、避け追はえて、出雲国の肥の河上、名は鳥髪といふ地に降りましき。」も同様なのである。【→補注四、大気都比売神被殺神話(五穀の起源神話)の位置づけ】 ○この成れる種を取らしめき(令取茲成種) 記伝以降、「こ(れ)をとらしめてたねとなし(たまひ)き」と訓まれてきたが、近年では「このなれるたねを取らしめき」(新編)「このなれるたねを取らしめたまひき」(新校)という訓みも提示されている。どちらも訓としては成り立つので、あとは神話解釈との関わりで考えなければならない。今回は「成」を「なす」と訓むのが妥当かどうか疑問もあったので(建御名方神の服従の場面に「取成立氷」「取成釼刃」等の例はあるが)、「この成れる種を取らしめき」としたが、確定ではない。【→補注五、須佐之男命と月夜見尊―『日本書紀』との比較―】

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大気都比売神被殺神話(五穀の起源神話)の位置付け

天石屋戸神話と八俣大蛇退治神話との間に、この大気都比売神被殺神話(五穀の起源神話)がある。天石屋神話の末は、「是に、八百万神共に議りて、速須佐之男命に、千位置戸を負せ、亦鬚と手足の爪を切り、祓へしめて、神やらひやらひき」となっており、八俣大蛇退治神話の冒頭は、「故、避け追はえて、出雲国の肥の河上、名は鳥髪といふ地に降りましき」とあって、高天原からの追放と出雲への降臨とで対応しているところから、五穀の起源は後次的に挿入されたものであると考えられてきた。注釈でも触れたように、「又」字の用法から見ても挿入神話である可能性が高いと見られてきたが、近年では前文との続きで、八百万神が大気都比売神に食物を乞うたとする文脈理解が行われるようになってきている。西宮一民は、「又」で始まる文は明記のない限り前文と主語を同じくすることを指摘し、ここで食物を乞うのは八百万神であると理解し、それで矛盾はないとした(「古事記上巻文脈論」『日本文学研究資料新集1古事記 王権と語り』有精堂、一九八六年七月)。更に朴美京は、「又歌曰」(十六例)と「亦歌曰」(四例)とを比較し、「亦歌曰」の場合は主語が明記されるのに対し、「又歌曰」の場合は主語が明記されない、即ち主語が変わらないと説き、西宮説を支持した(「〈五穀起源神話〉と須佐之男命像」『お茶の水女子大学人間文化研究年報』二四、二〇〇一年三月)。確かに「又」の問題は八百万神を主語とすることで解消し得るが、それは挿入と取らなくても解釈が可能であるということであって、挿入そのもの(前文との断絶)を否定する根拠にはならないように思われる。この神話が後次的な挿入であろうとなかろうと、何故この位置にこの神話があるのか、という点が問われなければならないであろう。
問題の一つは、この神話の舞台である。高天原なのか、葦原中国なのか、またはそのいずれでもないのか。直前で須佐之男命は八百万神に神やらいされ、次の場面では出雲の鳥髪山に降るのであるから、高天原にまだ留まっている時のことか、さもなければ出雲降臨の前に何処かに立ち寄った際の出来事となる。食物を乞うた主体を八百万神と考える立場であれば、これはまだ高天原に留まっている時の話ということになるであろう。ところで、大気都比売神が高天原に居る神であると考えることは出来るのだろうか。大気都比売神は『古事記』の神話において複数回登場する。
①国生み神話   「粟国は大宜都比売と謂ひ」
②神生み神話   「次に大宜都比売神を生みたまひき」
        ※次に和久産巣日神。此神之子は、豊宇気毗売神と謂ふ。
③五穀の起源   「大気都比売神」「大気都比売」「大宜津比売神」
④大年神の系譜  「羽山戸神、大気都比売〔下四字以音。〕神を娶りて生みたまひし子、若山咋神
 右に挙げた①~④の神が全て同一の神であるとは考えがたい。①は伊耶那岐・伊耶那美二神による国生みで生まれた島々に与えられた「亦名」の一つである。国生み神話で生まれた島々のうち、「亦名」を持つのは十八島であるが、それらの中で、後に神として登場するものは他に居ない。ここで記される大宜津比売神は、あくまでも「粟国」なのである。④は、③(当該神話の殺される女神)と同一とは考えがたい。④で大気都比売神を妻とする羽山戸神は、須佐之男命の孫に当たる。祖父が殺害した女神を孫が娶るというのは、神話とは言え考えがたいのではないか。残るのは②③ということになるが、恐らく神話展開としては②で出現した大気都比売神が、須佐之男命によって殺害される③の女神なのであろう。②の大気都比売神は伊耶那美命から生まれた神であるが、高天原で生まれたわけではない。地上世界に属する神であると思われるのだが、この後に伊耶那美命が神避る直前に生まれた和久産巣日神の、更にその子神として名があがっている豊宇氣毗賣神は、天孫降臨の際にその名があげられており、食物神として高天原世界と関わりを持っている。同じ食物神である大気都比売神が高天原に存在していても特におかしくはないのかも知れない。同様な例としては建御雷神を挙げることが出来る。建御雷神は伊耶那岐命が迦具土神を斬った時に、その御刀についた血から生まれた神のうちの一柱であったが、葦原中国平定の場面では、高天原に存在する神として登場している。『日本書紀』では武甕槌神が出現する場面において、先んじて経津主神の名が示されるが、そこには「復剣の刃より垂る血、是天安河辺に在る五百箇磐石に為る。即ち此経津主神の祖なり。」という描写があって、剣に付いた血から出現した神々と天上界とを関連付けている(五段一書六)。これもまた合理的に理解しようとする『日本書紀』と、ある程度飛躍した展開を見せる『古事記』との相違と言えるであろうが(【補注三】参照)、ともかく五穀の起源神話の舞台を地上世界に限定することは出来ないのである。
さて、穀物神被殺神話に関し『日本書紀』の場合は、神代上五段一書六において、素戔嗚尊の話ではなく、月夜見尊を主役として以下のように伝える。
既にして天照大神、天上に在しまして曰はく、「葦原中国に保食神有りと聞けり。なむぢ月夜見尊、きてるべし」とのたまふ。月夜見尊、勅を受けて降り、已に保食神の許に到りたまふ。保食神乃ち首を廻し、国にむかへば口よりいひ出で、又海に嚮へば鰭広はたのひろもの鰭狭はたのさものも口より出で、又山に嚮へば毛麁けのあらもの毛柔けのにこものも口より出づ。夫の品物悉に備へ、百机にみてへたてまつる。是の時に月夜見尊、忿然いか作色おもほてりして曰はく、「けがらはしきかも、いやしきかも。いづくにぞ口よりたぐれる物を以ちて、敢へて我にふべけむや」とのたまひ、廼ち剣を抜き撃ち殺したまふ。然して後に復命して具に其の事を言したまふ。時に天照大神、怒りますこと甚しくして曰はく、「汝は是悪神なり。相見まみえじ」とのたまひ、乃ち月夜見尊と、一日一夜、へなりさかりて住みたまふ。是の後に天照大神、復天熊人を遣し、往きて看しめたまふ。是の時に保食神、実に已にみまかれり。唯し其の神の頂に牛馬化為り、ひたひの上に粟生り、眉の上に繭生り、眼の中に稗生り、腹の中に稲生り、陰に麦と大豆・小豆と生りて有り。天熊人悉に取り持ちにて奉進る。時に天照大神喜びて曰はく、「是の物は、顕見蒼生うつしきあをひとくさの食ひて活くべきものなり」とのたまひ、乃ち粟稗麦豆を以ちて、陸田種子はたけつもののたねとし、稲を以ちて水田種子たなつもののたねとしたまふ。又因りて天邑君を定む。即ち其の稲種を以ちて、始めて天狭田と長田とに殖う。其の秋の垂穎たりほ八握やつかほ莫莫然しなひて甚だ快し。又口のうちに繭を含み、便ち糸を抽くこと得たり。此より始めて養蚕こかひの道有り。保食神、此をば宇気母知能加微と云ふ。顕見蒼生、此をば宇都志枳阿烏比等久佐と云ふ。
右のように『日本書紀』の場合、食物神被殺の舞台は葦原中国となっている。また、一書ではあるものの、この神話が第七段に見える天界の田の起源として機能している(加えて日月分離の神話としても位置づけられている)。それに対して『古事記』の場合、ここにこの神話が位置づけられる意図が不明瞭である。
考えられることの一つに、須佐之男命の神性の転換点に位置するという点がある。須佐之男命は高天原を追放されてこの後出雲に降り、八俣大蛇を退治するというように、その力がプラスに作用することになるが、これまでは涕泣・昇天から高天原での乱暴に至るまで須佐之男命の力はマイナスに作用していた。それに対して大気都比売神殺害の神話は、女神殺しという暴虐の面と、五穀の起源に繋がるという有益な面との両方が含まれている。それゆえに、須佐之男命の位置づけが(表面的に)変わるこの場面に置かれたという見方が可能となるのである。だが、須佐之男命の力がプラスに作用するかマイナスに作用するかというのは、須佐之男命の神性の変質が問題なのではなく、それが発揮される場所や環境の相違によるものなのではないか。これも考え方は様々であろうが、須佐之男命自身は変質してはいないように思われる。
ここでこの神話の文脈上の理解に話を戻すと、「又」による接続の分析を通して、食物を乞うた主体を八百万神とする見方に対し疑問に思うのは、大気都比売神の身体から生じた五穀を取らせるのが何故八百万神ではなく神産巣日御祖命であるのかという点である。周知のように、神産巣日御祖命が登場するのは、大穴牟遅神が兄八十神に殺される場面や、大国主神がスクナビコナの正体を確認する場面などであり、明らかに出雲系神話に偏っている。そして出雲の神の文字通り御祖神的存在としてバックアップするという役割を担っている。そう考えると、この神話は出雲系神話の中に位置付けられるものなのではなかろうか。先に大気都比売神の④については、当該神話の女神とは別の神であると述べたが、同一の名を持つ女神が大年神の系譜に登場するところから見ても、大気都比売神という名の女神が出雲系と関わりが深いということは言えるであろう。高天原神話から出雲神話へと転換するこの場面こそ、大気都比売神被殺神話を位置付けるのに相応しいという判断があったのではないか。更に言えば、鬚と手足の爪を切られ祓われて、神やらいをされた須佐之男命であるが、その荒々しさは変わらずに継続していることをこの神話は示すのではなかろうか。だからこそ須佐之男命は八俣大蛇を退治し得るような力を持ち、また根の堅州国においても大神として君臨し得る存在である、ということを表す効果を持つ。そういう意味においても、ここがこの神話を位置付けるのに最も相応しい場所であったという判断が働いたものと考えたい。(谷口雅博 日本上代文学)

須佐之男命と月夜見尊―『日本書紀』との比較―

『古事記』の大宜津比売は、鼻・口・尻より種々の「味物ためつもの」を生産する食物神である。しかし、その態を立ち伺った須佐之男命は、「穢汙きたなくして奉進たてまつる」と受け止め、比売を殺害した。その屍体からは、蚕と種々の穀物が化生する。これらは神産巣日神の採取するところとなった。一方、『日本書紀』(第五段一書十一)に登場する保食神も、口からいひはたひろものはたさものあらものにこものを産出して月夜見尊を迎えた。しかし月夜見尊は「けがらはしきかも、いやしきかも。いづくにぞ口よりたぐれる物を以ちて、敢へて我にふべけむや」と「忿然いか作色おもほてりして」、保食神を殺害する。その屍体からは、やはり蚕と穀物、そして牛馬が化生した。これらは最終的に天照大神の採取するところとなった。
一見して判るとおり両者は酷似しており、同種の伝承のバリエーションと見なすことができる。殺害された女神の屍体から穀物が化生するという、このモチーフの起源や、その背景にある神話的思惟の在りようについては、既に民族学及び比較神話学の立場から考察がなされている〔イェンゼン一九七七・大林一九七三・吉田一九八六〕。しかしながら、記紀のテキストの中でのこれらの伝承の意義づけを考えるに際しては、両者の相違点も軽視することはできない。以下、女神の殺害者と、種の採取者の違いに着目して、『古事記』と『日本書紀』の食物神殺害伝承を比較してみたい。
『古事記』の須佐之男命は、妣国根之堅州国への志向を顕して海原の統治を拒絶した。言わば伊耶那岐命の設定した三貴子による宇宙の分治の依さしに従うことを拒み、それ故に追放された存在である。更に命は、高天原でも狼藉を働き、その地を逐われている。彼は海原にも高天原にも居場所をもたない流浪の神であり、そのような神として大宜津比売と出会い、殺害することとなった。この女神の殺害譚は、天照大御神の岩戸隠れを経て、須佐之男命が「祓」を科せられ「神やらひやらひき」との記述の後に、「又」字を以て接続され、配置されている。「又」字の用法については様々な議論があるが、ここでは少なくとも、この殺害譚が、「祓」以前の須佐之男命の様々な狼藉から区別される状で、「祓」の所伝の直後に接続されていることを確認しておきたい。しかも、『古事記』は、須佐之男命がこの殺害行為を以て非難されたとは語っていない。また、その行為に対して、何らかの贖罪、あるいは、改めて「祓」が求められているわけでもないのである。これらのことは、『古事記』においてこの殺害行為が、「勝佐備」に伴う「悪しきわざ」とは異なる性質を有する事跡として位置づけられていることを示唆する。
「祓」を転換点として、それ以降の須佐之男命は、葦原中国に降臨し、その秩序形成を担うこととなる。言わば女神の殺害とは、そのような役割を負わされた者としての須佐之男命の在りようを示現した出来事であり、葦原中国の秩序との関わりにおいてこそ、その意義が問題となるのである。高天原の秩序の在りようを紊乱する「勝佐備」とは、その意味で質を異にしていると言える。
事実、女神の屍体に化生した穀物の種は、「神産巣日御祖命」によって採取される。『古事記』において、神産巣日神は、葦原中国の秩序形成に積極的にコミットする神である。『古事記』において須佐之男命が「稲」の名を負う少女を八俣大蛇から救い、「稲田の宮主」を自らの宮の祭主と定め、その子孫「大年神」の系譜が語られることからみても、命は地上に稲の稔りをもたらす者として君臨したことが理解される。更に、須佐之男命の子孫である大国主神もまた、神産巣日神の子である少名毘古那神とともに地上世界の国作りに邁進するのであるが、この少名毘古那神もまた、「穀霊」としての性質を有することが指摘されている〔吉田一九九〇・阪下二〇〇二〕。こうして、大宜津比売の殺害と五穀の生成は、高天原の神産巣日神の承認を背景として、須佐之男命とその子孫が担う葦原中国の国作りへと結びついて行く。産巣日神の意思と霊威を担う地上世界の秩序形成の流れを構成する最初の事跡として、大宜津比売の殺害は位置づけられているとみることができる。復活した天照大御神と八百萬神の存在は今やその後景に退き、語り手の関心は、ひとまず、地上世界にあっていずれ拓かれるべき葦原の光景へと推移してゆくのである。
これに対して、『日本書紀』(第五段一書十一)の月夜見尊の場合はどうであろうか。尊は、伊弉諾尊の「勅任」により、天照大神と並んで(日にならべて)天界を支配する神として登場する。従って、立場的には素戔嗚尊の対極にある神であったと言える。続いて尊は天照大神の勅を受けて保食神の元へ赴くが、それまで何等、天界の秩序ある統治を妨げる行為をなしたわけではない。保食神の殺害は、それ故、素戔嗚尊のなす狼藉や「解除はらへ」とは無関係であり、別の物語として位置づけられていると言えよう。
加えて、殺害行為がどのように受け止められたかについても、『古事記』とは全く異なる展開を見せている。復奏した月夜見尊は天照大神から、「なれは是悪神あしきかみなり。相見あひまみえじ」と激しく叱責される。そして、両者は「一日一夜、隔離へなりさかりて」住むこととなり、この事件が昼夜分離の画期となったことが語られている。
化生物の採取者も異なる。『古事記』が神産巣日神とするのに対して、『日本書紀』では、天照大神が天熊人を派遣して保食神の屍体を確認させ、そこに化生した蚕・種・牛馬を採取した。大神は粟・麦・稗・豆を「顕見蒼生うつしきあをひとくさ」の糧となる「陸田種子はたけつもののたね」と規定し、稲種は「水田種子たなつもののたね」として「天狭田あまのさだ長田ながた」に植えたとする。前者は地上の穀物の起源であり、後者は高天原の稲の起源と見なすことができる〔吉田二〇〇二〕。この所伝における月夜見尊の役割は、保食神を殺害したことに限定されており、須佐之男命とは対照的に、それ以降の宇宙の秩序形成にはもはや関わらない。全ては天照大神の主導のもとに形作られて行くのであり、彼女こそが、昼夜の分離(宇宙秩序の改変)の確定者であり、かつ天上に稲種と養蚕とをもたらし、また地上の「顕見蒼生」の糧をも定めた者として、その至尊性を際立たせるのである。月夜見尊は今や、その影にすぎない。
以上見た如く、『古事記』と『日本書紀』とでは、殺害者と採取者が異なるだけでなく、殺害者と採取者がそれぞれどのような役割を担う者として位置づけられているかも異なる。大宜津比売伝承と保食神伝承とは、食物神殺害伝承のモチーフを共有しながらも、記紀それぞれの文脈の中にあって、全く異なる機能を担わされていると言うことができよう。
最後に改めて『古事記』に目を向けると、大宜津比売の殺害は、須佐之男命という、海原・高天原・葦原中国・根之堅州国と、次々と世界の境界を越えて流浪する、ある種異様な神格によってなされたのであった。そのような神であるが故に、単にそれぞれの世界に混乱をもたらすのみならず、むしろある世界と別の世界とを架橋し、その間に影響関係を創り出すことができたとも言える。女神の殺害が、やがて葦原中国に種をもたらすことになったのは、その一つの顕れである。彼とその裔である大国主神の事業を背後から支えたのは、高天原の神産巣日神であった。産巣日神の意思のもと、その事業の具体的担い手となる神格によって葦原中国の秩序形成が進められるという『古事記』神代巻の構想は、「祓」を経てその神格にある種の転変を経た須佐之男命が成した最初の事蹟、すなわち食物神殺害による穀物種子の獲得によって、事実上始動したことになる。この物語を、単に断片的伝承(遊離説話)の追補・挿入として片付けることができない所以である。

参考文献
・AD・E・イェンゼン著、大林太良・牛島巌・樋口大介訳『殺された女神』弘文堂、一九七七年(原著は一九六六年刊)。
・大林太良『稲作の神話』弘文堂、一九七三年。
・吉田敦彦『縄文土偶の神話学:殺害と再生のアーケオロジー』名著刊行会、一九八六年。
・吉田敦彦『豊饒と不死の神話』青土社、一九九〇年。
・阪下圭八『『古事記』の語り口』笠間書院、二〇〇二年。
・小濱歩「『古事記』大宜津比売伝承の特色 : 海外神話及び『紀』所伝との比較において」『神道宗教』二三〇、二〇一三年。
〔小濱歩 神道古典・日本古代思想〕

於是、八百万神共議而、 於速須佐之男命負千位置① 亦切②及手足爪、令③而、 神夜良比夜良比岐。 又、食物乞大氣都比賣神。 尒、大氣都比賣自鼻・口及尻、種々味物取出而、種々作具而進時、 速須佐之男命、立伺其④ 為穢汙而奉進、乃殺其大冝津比賣神。 故、所殺神於身生物者、 於頭生蚕、 於二目生稲種、 於二耳生粟、 於鼻生小豆、 於陰生麦、 於尻生大豆。 故是、神産巣日御祖命、令取茲成種。 【校異】
① 真「广」。道果本以下に従って「戸」に改める。なお「广」については、古事記注釈(十九)校訂⑦参照。
② 真「鬢」に従う。道果・道祥・春瑜本「髪」、兼永本以下卜部系「鬚」。
③ 真「祓」に従う。兼永本以下「抜」(訓ヌカを付す)。
④ 真「熊」。道果本以下に従って「態」に改める。→古事記注釈(十七)校訂④参照。

そこで、八百万神は一緒に相談をして、 速須佐之男命にたくさんの贖いの物を負わせ、 また鬚と手足の爪を切り、罪を贖わせて 神やらいにやらった(追放した)。 また、(須佐之男命は)食物を大気津比売神に要求した。 すると大気都比売は鼻・口と尻から種々の美味しい物を取り出して、種々に作って用意して奉ろうとした時に、 速須佐之男命は、その様子を伺っていて、 汚くして差し上げるのだと思い、それでその大宜津比売神を殺してしまった。 そうして、殺された神の身に生じた物として、 頭に蚕が生じ、 二つの目には稲種が生じ、 二つの耳には粟が生じ、 鼻には小豆が生じ、 陰部には麦が生じ、 尻には大豆が生じた。 そこで、神産巣日御祖命は、この(大気都比売神の体に)生じた種を取らせた。

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