万葉集神事語辞典(増補版)

【テスト】あをによし/あおによし

読み
あをによし/あおによし
ローマ字表記
Aoniyoshi
万葉仮名表記
青丹吉(万葉1-17、1-29〈1-29〉、1-79、1-80、3-328、6-992、6-1046、7-1215、8-1638、10-1906、13-3236、17-3978) 阿乎尓与斯(万葉5-797) 阿遠尓与志(万葉5-806、808) 緑青吉(万葉13-3237) 安乎尓余志(万葉15-3602) 安乎尓与之(万葉15-3612、15-3728、18-4107、19-4223) 青丹余之(万葉17-3919、17-3957) 安乎尓余之(万葉17-3973) 安遠邇与之(万葉17-4008) 青丹与之(万葉19-4245) 青丹余志(万葉19-4266)
分類
-
『万葉集』
「味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや」(万葉1-17)
「玉だすき 畝傍の山の 橿原の 聖の御代ゆ〈或は云ふ、「宮ゆ」〉 生れましし 神のことごと つがの木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを〈或は云ふ、「めしける」〉 天にみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え〈或は云ふ、「そらみつ 大和を置き あをによし 奈良山越えて」〉 いかさまに 思ほしめせか〈或は云ふ、「思ほしけめか」〉 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の尊の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 繁く生ひたる 霞立ち 春日の霧れる〈或は云ふ、「霞立ち 春日か霧れる 夏草か 繁くなりぬる」〉 ももしきの 大宮所 見れば悲しも〈或は云ふ、「見ればさぶしも」〉(万葉1-29)
「大君の 命恐み にきびにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に 船浮けて 我が行く川の 川隈の 八十隈落ちず 万度 かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし あをによし 奈良の京の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 さやかに見れば たへのほに 夜の霜降り 石床と 川の氷凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ 造れる家に 千代までに いませ大君よ 我も通はむ」(万葉1-79)
「あをによし 奈良の家には 万代に 我も通はむ 忘ると思ふな」(万葉1-80)
「あをによし 奈良の都は 咲く花の 薰ふがごとく 今盛りなり」(万葉3-328)
「悔しかも かく知らませば あをによし 国内ことごと 見せましものを」(万葉5-797)
「竜の馬も 今も得てしか あをによし 奈良の都に 行きて来むため」(万葉5-806)
「竜の馬を 我は求めむ あをによし 奈良の都に 来む人のたに」(万葉5-808)
「故郷の 明日香はあれど あをによし 奈良の明日香を 見らくし良しも」(万葉6-992)
「石つなの またをち返り あをによし 奈良の都を またも見むかも」(万葉6-1046)
「玉津島 よく見ていませ あをによし 奈良なる人の 待ち問はばいかに」(万葉7-1215)
「あをによし 奈良の山なる 黒木もち 造れる室は 座せど飽かぬかも」(万葉8-1638)
「梅の花 我は散らさじ あをによし 奈良なる人も 来つつ見るがね」(万葉10-1906)
「そらみつ 大和の国 あをによし 奈良山越えて 山背の 管木の原 ちはやぶる 宇治の渡り 岡屋の 阿後尼の原を 千年に 欠くることなく 万代に あり通はむと 山科の 石田の社の 皇神に 幣取り向けて 我は越え行く 逢坂山を」(万葉13-3236)
「あをによし 奈良山過ぎて もののふの 宇治川渡り 娘子らに 逢坂山に 手向くさ 幣取り置きて 我妹子に 近江の海の 沖つ波 来寄る浜辺を くれくれと ひとりそ我が来る 妹が目を欲り」(万葉13-3237)
「あをによし 奈良の都に たなびける 天の白雲 見れど飽かぬかも」(万葉15-3602)
「あをによし 奈良の都に 行く人もがも 草枕 旅行く船の 泊まり告げむに〈旋頭歌なり〉(万葉15-3612)
「あをによし 奈良の大路は 行き良けど この山道は 行き悪しかりけり」(万葉15-3728)
「あをによし 奈良の都は 古りぬれど もとほととぎす 鳴かずあらなくに」(万葉17-3919)
「天離る 鄙治めにと 大君の 任けのまにまに 出でて来し 我を送ると あをによし 奈良山過ぎて 泉川 清き河原に 馬留め 別れし時に ま幸くて 我帰り来む 平けく 斎ひて待てと 語らひて 来し日の極み 玉桙の 道をた遠み 山川の 隔りてあれば 恋しけく 日長きものを 見まく欲り 思ふ間に 玉梓の 使ひの来れば 嬉しみと 我が待ち問ふに 逆言の 狂言とかも はしきよし 汝弟の命 なにしかも 時しはあらむを はだすすき 穂に出づる秋の 萩の花 にほへるやどを〈言ふこころは、この人ひととなり、花草花樹を好愛でて、多く寝院の庭に植ゑたり。故に「花薫へる庭」といふ〉 朝庭に 出で立ち平し 夕庭に 踏み平げず 佐保の内の 里を行き過ぎ あしひきの 山の木末に 白雲に 立ちたなびくと 我に告げつる〈佐保山に火葬す。故に「佐保の内の里を行き過ぎ」といふ〉」(万葉17-3957)
「大君の 命恐み あしひきの 山野障らず 天離る 鄙も治むる ますらをや なにか物思ふ あをによし 奈良道来通ふ 玉梓の 使ひ絶えめや 隠り恋ひ 息づき渡り 下思に 嘆かふ我が背 古ゆ 言ひ継ぎ来らし 世の中は 数なきものそ 慰むる こともあらむと 里人の 我に告ぐらく 山辺には 桜花散り かほ鳥の 間なくしば鳴く 春の野に すみれを摘むと 白たへの 袖折り返し 紅の 赤裳裾引き 娘子らは 思ひ乱れて 君待つと うら恋すなり 心ぐし いざ見に行かな ことはたなゆひ」(万葉17-3973)
「妹も我も 心は同じ 比へれど いやなつかしく 相見れば 常初花に 心ぐし めぐしもなしに はしけやし 我が奥妻 大君の 命恐み あしひきの 山越え野行き 天離る 鄙治めにと 別れ来し その日の極み あらたまの 年行き反り 春花の うつろふまでに 相見ねば いたもすべなみ しきたへの 袖返しつつ 寝る夜落ちず 夢には見れど 現にし 直にあらねば 恋しけく 千重に積もりぬ 近くあらば 帰りにだにも うち行きて 妹が手枕 さし交へて 寝ても来ましを 玉桙の 道はし遠く 関さへに 隔りてあれこそ よしゑやし よしはあらむそ ほととぎす 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ 卯の花の にほへる山を 外のみも 振り放け見つつ 近江道に い行き乗り立ち あをによし 奈良の我家に ぬえ鳥の うら嘆けしつつ 下恋に 思ひうらぶれ 門に立ち 夕占問ひつつ 我を待つと 寝すらむ妹を 逢ひてはや見む」(万葉17-3978)
「あをによし 奈良を来離れ 天離る 鄙にはあれど 我が背子を 見つつし居れば 思ひ遣る こともありしを 大君の 命恐み 食す国の 事取り持ちて 若草の 足結たづくり 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 我や悲しき 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留めもかねて 見渡せば 卯の花山の ほととぎす 音のみし泣かゆ 朝霧の 乱るる心 言に出でて 言はばゆゆしみ 礪波山 手向の神に 幣奉り 我が乞ひ禱まく はしけやし 君がただかを ま幸くも ありたもとほり 月立てば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに 相見しめとそ」(万葉17-4008)
「あをによし 奈良にある妹が 高々に 待つらむ心 然にはあらじか」(万葉18-4107)
「あをによし 奈良人見むと 我が背子が 標めけむ黄葉 地に落ちめやも」(万葉19-4223)
「そらみつ 大和の国 あをによし 奈良の都ゆ おしてる 難波に下り 住吉の 三津に船乗り 直渡り 日の入る国に 遣はさる 我が背の君を かけまくの ゆゆし恐き 住吉の 我が大御神 船舳に うしはきいまし 船艫に み立たしまして さし寄らむ 磯の崎々 漕ぎ泊てむ 泊まり泊まりに 荒き風 波にあはせず 平けく 率て帰りませ もとの朝廷に」(万葉19-4245)
「あしひきの 八つ峰の上の つがの木の いや継ぎ継ぎに 松が根の 絶ゆることなく あをによし 奈良の都に 万代に 国知らさむと やすみしし 我が大君の 神ながら 思ほしめして 豊の宴 見す今日の日は もののふの 八十伴の緒の 島山に 赤る橘 うずに刺し 紐解き放けて 千年寿き 寿きとよもし ゑらゑらに 仕へ奉るを 見るが貴き」(万葉19-4266)
『万葉集神事語辞典』(Web版)URL
http://jmapps.ne.jp/kokugakuin/det.html?data_id=31611

万葉集神事語辞典(増補版) トップへ戻る

先頭