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菅原伏見東陵

読み
すがわらのふしみのひがしのみささぎ
ローマ字表記
Sugawaranofushiminohigashinomisasagi
被葬者名
垂仁天皇
代数
第11代
陵墓の所在地
御陵は菅原の御立野の中に在り
住所
奈良県奈良市尼辻西町 地図を表示
緯度/経度
北緯 34°40'48.5"
東経 135°46'52.6"
古墳名
宝来山古墳
墳形
前方後円
被葬者の事績
崇神天皇の御子。師木の玉垣宮(現在の桜井市巻野内)で天下を治めた。后・沙本毘売命は謀反を企てて討滅された兄・沙本毘古王に殉ずるが、その際に御子・本牟智和気御子を天皇に託した。御子は大人になるまで言葉を発せず、そのために天皇は様々な手を尽くしている。ただし、沙本毘比売は自らの後継として旦波比古多々須美智宇斯王の娘たちを推挙しており、そのなかのひとりである比婆須比売命の生んだ御子が皇位を継承した。また、天皇は多遅摩毛理を派遣して常世国にある「ときじくのかくの木実(=橘)」を求めさせたが、手に入れて帰ってくる間に崩御してしまい、多遅摩毛理はそれを嘆いて殉死したとされる。
URL
奈良県観光公式サイト あをによし なら旅ネット(垂仁陵古墳/宝来山古墳)
http://yamatoji.nara-kankou.or.jp/03history/06kofun/01north_area/suininryokofun/
奈良市観光協会(垂仁天皇陵)
https://narashikanko.or.jp/spot/remain/suininryokofun/
備考
宮内庁により治定されている。

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