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天之御中主神

読み
あめのみなかぬしのかみ
ローマ字表記
Amenominakanushinokami
別名
天御中主神
登場箇所
上・初発の神々
他の文献の登場箇所
紀 天御中主尊(一段一書四)
伊勢風 天御中主尊(逸文)
拾 天御中主神(天中の三神と氏祖系譜)
旧 天御中主尊(神代系紀)
姓 天御中主命(大和国神別)
梗概
 天地初発の時に、高天原に出現した最初の神。独神となって身を隠した。別天神の第一の神で、続く高御産巣日神・神産巣日神を合わせて「造化三神」とも称される。
諸説
 天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神の三神は、『古事記』序文で「参はしらの神、造化の首と作れり」と括られていることから、「造化三神」と呼ばれる。「造化」の意味は万物を生成する作用のことと解されるが、この語は道教系の書物に頻出することが指摘されており、この三神の神格や配列には道教思想の影響があると考えられている。『日本書紀』においては、天地開闢の七つの伝の殆どが、最初に生まれた神を国常立尊か可美葦牙彦舅尊としていて、『古事記』の造化三神は一書四で「又曰く、高天原に生れる神」として補足的に挙げられているに過ぎない。こうしたことから、造化三神の伝は、記紀ともに他の伝に対してより新しく付加された部分であろうと考えられている。
 天之御中主神がどのような神であるかは、この神が『古事記』の冒頭に一度しか登場せず具体的な活動を見せていないため、明らかにしがたい。名義の一般的な解釈は、「天」は天上、高天原のこと、「御中」は中央、「主」は主宰者や主君の意とされ、天の中央の主の神というように解される。ただし、より詳しく論じると、その領域を天上の世界のみとするか天地に亘るものとするかといったことや、職能を単に天上あるいは天地を支配する神とするか、万物の生成をなす創造神とするか、といった解釈は、説によってやや異なっている。
 ヌシは、ノ(助詞)ウシの約まった語と考えられ、ウシとは、あるじとして領する者の意とされる。また、この呼称は、自然物や器物、機能といった信仰の対象そのものに神霊の主体を見出す原初的な神観念から離れて、支配・被支配、所有・被所有、管掌・被管掌といった政治的・社会的な性質が打ち出された、比較的新しい神観念であることが論じられており、ヌシと称される神名の成立は、記紀神話成立にきわめて近い時期にあるとする説がある。
 この神は、天地の始まりの中心的な位置を占めているのに比して、それ以降神話中には全く登場せず、また、歴史上何らかの氏族や集団に祭られた形跡が殆ど見いだされない。こうしたことから、この神は、実際に古くから信仰されてきた神ではなく、記紀編纂時に程近い新しい時期において、天の中心の主宰神という高度に抽象的な性格を担って、観念的に創出された神であろうと考えられており、その成立には、中国思想、とりわけ道教の影響を濃く受けていると言われている。
 一方で、天の至高神の信仰は、原始的な宗教にも認められることが指摘されており、そうした原始的な至高神は、その崇高さゆえに段々と人々が安易に祭らなくなり、実際的な祭祀を受けなくなる「閑職神」になる傾向があるとされている。そこで天之常立神についても記紀神話載録以前において同様の過程を想定し、本来は、内陸アジアのアルタイ系遊牧民に信仰され、アジアで広い範囲に影響が及んだとされる天の至高神(テングリなどと呼ばれる)の系統を引いた神格であると考える説もある。ただし、天之御中主神の場合、それらの外国に見られる天の至高神とは性格が異なっていて、同様に見ることはできないとする批判もある。
 天之御中主神の神格に道教の影響を説いたものには、その由来を、元始天王(元始天尊)、太一、北辰、天皇大帝といった道教上の神格に求める説がそれぞれある。また、これらは全て道教の信仰する宇宙の根本である「道」が時期によって変化したものであるから、天之御中主神は、それらの神格が包括される「道」自体の神格化であるとする説もある。これらの説のうち、北辰(北極星)との関係については考察が多くなされており、加えて「天皇」号との結びつきも注目されている。中国思想において、北辰(北極星)は天の中央に位置する所であって、「太一」(泰一)、「天皇太帝」などと称され最高神として信仰された。日本の「天皇」という号もこれに由来するとされ、天皇が日本の中心たる最高の権力であることと天之御中主神が天の中心の最高神に位置づけられることに関係があるとする説もある。
 『古事記』の中で天之御中主神が最初の神として重要な位置に置かれている理由についても、様々な考察がある。高天原・皇室にかかる高御産巣日神と出雲にかかる神産巣日神との対立、あるいは天つ神と国つ神との対立の統一を示すとする説や、天の支配者である天照大御神や地上の支配者である歴代天皇が象徴化された存在として冒頭に置かれたとする説などがある。
参考文献
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廣畑輔雄「皇祖神タカミムスビの成立」(『記紀神話の研究―その成立における中国思想の役割―』風間書房、1977年12月、初出1973年10月)
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梅沢伊勢三「記紀始祖神伝説の考察」(『続記紀批判』創文社、1976年3月、初出1974年1月)
溝口睦子「記紀神話解釈のひとつのこころみ(中の二)―「神」を再検討する―」(『文学』1974年2月号、1974年2月)
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松前健「天地開闢と国生み神話総論」(『松前健著作集 第9巻 日本神話論Ⅰ』おうふう、1998年6月、初出1976年12月)
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梶原秀幸「『古事記』における「造化三神」の意義」(『日本文学論究』第56冊、1997年3月)
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西宮一民「『古事記』冒頭神話の撰録過程上の考察」(『萬葉』169号、1999年4月)
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『古典基礎語辞典』(大野晋編、角川学芸出版、2011年10月)
勝俣隆「天之御中主神の神話的解釈について」(『上代日本の神話・伝説・万葉歌の解釈』おうふう、2017年3月、初出2013年11月)
伊藤瞳「天之御中主神について―神名と存在の考察」(『武蔵野日本文学』23号、2014年3月)

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