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天之尾羽張

読み
あめのをはばり/あめのおはばり
ローマ字表記
Amenoohabari
別名
伊都之尾羽張
伊都之尾羽張神
天尾羽張神
登場箇所
上・伊耶那美命の死
上・建御雷神の派遣
他の文献の登場箇所
紀 稜威雄走神(九段本書)
旧 天尾羽張神(陰陽本紀)/稜威雄走神(陰陽本紀、天神本紀)/稜威尾羽張神(天神本紀)
梗概
 伊耶那美神が火の神を産んで神避りした際、伊耶那岐神が火の神を斬り殺した刀の名。別名を伊都之尾羽張という。
 葦原中国の平定に際しては、高天原から葦原中国へ派遣する三度目の使者の候補として、天安河の河上の天石屋に坐す伊都之尾羽張神の名が挙がり、この神でなければ、その子、建御雷之男神を使者とすべきことが議せられた。天尾羽張神は、逆さまに天安河の水をせきあげて道を塞いでいるため、他の神ではその神のもとに出向くことができないので、天迦久神を遣わしてそのことを尋ねさせた。天尾羽張神は承諾しつつ子の建御雷神を推薦し、結果、使者には建御雷神と天鳥船神が遣わされることとなった。
諸説
 神名の意義について、「尾羽張」は、字義の通り、鳥の尾の羽のように薄くぴんと張った刃を指すとする説があるが、考古学的にそういった形状の剣は遺物として見出されないという指摘もある。また、借字とみて、「尾」を雄々しい、「羽」を刀の刃と解し、刃の張りの鋭いことの意とする説や、大蛇をハハと言うことから(古語拾遺)、雄々しい大蛇の刀の意とする説などがある。「天之」は、高天原と関係することを表しているとされる。別名の伊都之尾羽張の「伊都」は、『日本書紀』での神名「稜威雄走神」の「稜威」の字の意で、霊威の盛んな意や、威勢のある意などと解される。
 『日本書紀』九段本書では、天石窟に住む神として「稜威雄走神(いつのをはしりのかみ)」が見え、稜威雄走神―甕速日神―熯速日神―武甕槌神という親子の系譜が示されている。ヲハシリの意味は、刃の閃光が鋭く走ることの形容とする説、刀剣の鍛造において閃光が飛散することとする説があり、また、火の神が斬り殺された際に、その血が岩に走りついて神々が生まれたこととも関係すると考えられている。
 神名がヲハバリ、ヲバシリと記紀で異なっている理由を、記紀が参照した原資料における誤写に起因するものと考え、記紀を遡るある時点の写本に元々「乎波之利」のように音仮名表記されていたのを、繰り返しを表す「〻」と「之」の字との形が似ているため、伝写の過程で「乎波〻利」「乎波之利」という違いが生じて異なる神名になったとする説がある。一方、誤写があったという明確な徴証はないことから批判もある。
 天安河の水を塞き上げる行為が何を表しているかについては、刀剣の鍛造に必要な水を引くことを表しているとする説があり、垂仁記に、印色入日子命が鳥取の河上宮で横刀一千口を作らせて石上神宮に納めたとあることなど、水の得られる土地が刀鍛冶の条件となることが指摘されている。また、川から水を引いて作った濠で囲った環濠集落を表すと捉えて、この神を、天照大御神を中心に据えた外部勢力から孤絶し対立して、独自に製鉄や剣神の祭祀を行った集団の存在の象徴と解する説や、水利を掌る水神の神格をあらわしているとする説、道を塞ぐことで天石屋にこもった天照大御神を再びそこに近づけないようにして、高天原・葦原中国の秩序を守る働きをしているとする説もある。
参考文献
倉野憲司『古事記全註釈 第二巻 上巻篇(上)』(三省堂、1974年8月)
西郷信綱『古事記注釈 第一巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年4月、初出1975年1月)
西郷信綱『古事記注釈 第三巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年8月、初出1976年4月)
倉野憲司『古事記全註釈 第四巻 上巻篇(下)』(三省堂、1977年2月)
『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月)
『日本書紀 上(日本古典文学大系)』(坂本太郎 他 校注、岩波書店、1967年3月)
吉井巌「古事記における神話の統合とその理念―別天神系譜より神生み神話への検討―」(『天皇の系譜と神話』塙書房、1967年11月)
菅野雅雄「上巻記載の「亦名」」(『菅野雅雄著作集 第一巻 古事記論叢1 系譜』おうふう、2004年1月、初出1969年7月)
池田源太「古墳築造に関する古代人の情緒」(『橿原考古学研究所論集 第五』吉川弘文館、1979年9月)
大林太良・吉田敦彦『剣の神・剣の英雄 タケミカヅチ神話の比較研究』(法政大学出版局、1981年9月)
中村啓信「建御雷之男神をめぐって」(『古事記の本性』おうふう、2000年1月、初出1998年1月)
柳生剛志「タケミカヅチノ神論のためのイツノヲハバリノ神素描」(『言語文化研究』3号、2004年3月)
前田安信「タケミカヅチノ神と『古事記』」(『福井工業高等専門学校研究紀要(人文・社会科学)』38、2004年11月)
青野美幸「「建御雷神考」」(『古事記の新研究』学生社、2006年7月)
河原孝夫「伊都之尾羽張か稜威雄走か―「或る写本」の存在を探る―」(『日本文學論究』67冊、2008年3月)
山口博「ユーラシア北方文化の中の日本神話⑦ 環濠を構え石窟に住む神、イツノヲハバリ(前編) 」(『聖徳大学言語文化研究所論叢』18、2011年3月)
山口博「ユーラシア北方文化の中の日本神話⑧ 環濠を構え石窟に住む神、イツノヲハバリ(後編) 」(『聖徳大学言語文化研究所論叢』19、2012年3月)
伊澤正俊「伊都之尾羽張神と「道」「水」考―『古事記』上巻を読む―」(『専修国文』95、2014年9月)

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