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阿夜訶志古泥神

読み
あやかしこねのかみ
ローマ字表記
Ayakashikonenokami
別名
-
登場箇所
上・初発の神々
他の文献の登場箇所
紀 惶根尊(二段本書、三段一書一)/吾屋惶根尊(二段本書)/忌橿城尊(二段本書)/青橿城根尊(二段本書・一書一)/吾屋橿城尊(二段本書)
旧 吾屋惶根尊(神代系紀)/惶根尊(神代系紀)/蚊鴈姫尊(神代系紀)
梗概
 神世七代の第六代で、男神の於母陀流神と対偶をなす女神。原文は「夜」の字の下に「上」の声注がある。
諸説
 『古事記』における神世七代の意義については、伊耶那岐神・伊耶那美神の誕生を到達点として、そこに到る過程を神々の生成によって発展的に表現したものと捉える解釈が多い。その過程の意味する所は、(1)国土の形成を表すとする説、(2)地上の始まりを担う男女の神の身体(神体)の完成を表すとする説、(3)地上に於ける人類の生活の始原を表すとする説などがある。
 阿夜訶志古泥神は、次に成った男神、於母陀流神と対偶をなす女神であるが、他の神世七代の対偶神と違い、神名に共通性がない所に疑問が持たれる。神名の構成は、アヤは感動詞、カシコは畏怖の意(かしこし・かしこむ等)と考えられ、『万葉集』の柿本人麻呂の歌「かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやにかしこき」(2・199)のような「あやにかしこし」といった讃嘆の語が神名となったものと解されている。ネは、女性を表す接尾語とする説や、親愛の意の接尾語とする説がある。その神格は、神世七代における岐美二神生成の直前に位置する対偶神として、身体の完成にまつわる神とする方向の解釈が一般的である。
 阿夜訶志古泥神の名義は、於母陀流神において神の顔が整ったのを見て畏怖恐懼する意とする説や、岐美二神への讃辞が神名となったとする説、カシコが人間の意識の発生を示すとして、人体の完備の上に意識が成立したことを神格化した名とする説、また、男女の掛け合いの言葉が二神の対偶によって表されたものとして、面足神を男神が女神に対して「あなたの容貌は整って美しい」と褒めたこととし、阿夜訶志古泥神をそれに対する「まあ何と恐れ多いこと」という返事と解釈する説や、完成した肉体に讃美の言葉をかけることで命と魂を宿らせる古代の観念の反映とする説がある。他に、災厄の侵入を防ぐ恐ろしい容貌の女神と捉え、聚落や居宅における、防塞神もしくは生産豊穣の性格を帯びた守護神の神像の形象化とする説や、女陰のあらたかな霊能に対する讃美による命名と捉え、生産豊穣の神とする説などがある。
 『日本書紀』には「惶根(かしこね)尊」とあり、更に別名として「吾屋惶根(あやかしこね)尊」「忌橿城(いみかしき)尊」「青橿城根(あをかしきね)尊」「吾屋橿城(あやかしき)尊」という四つの名が挙がっている。
 また、一書では、岐美二神が青橿城根尊の子とされている。この記述の背景には、古く岐美二神が青橿城根尊を親として生まれた兄妹神とする伝承があったと考えられるが、そこで、現在の記紀の神世七代の系譜を、そのような元来神世七代と関わりのない別系統の神が接合されて成り立ったものと想定し、於母陀流神・阿夜訶志古泥神という神名の非対称性の原因を、その接合の新しさによるものと推測する説がある。
 なお、系譜の女神に冠された「妹」は、イモと読まれ、対偶の女神であることを示している。男神との関係については、夫婦とする説と兄妹とする説とがある。上代語のイモには、男性に対して年齢の上下に関わらない姉妹を指す親族名称としての用法や、男性が妻や恋人を呼び掛ける呼称としての用法があるが、夫婦とする説に対しては、イモが妻を指すのは相手への呼び掛けの場合に限られるから、『古事記』で地の文にある「妹」はこれに当たらないとする批判がある。
参考文献
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益田勝実「幻視―原始的想像力のゆくえ―」『火山列島の思想』(筑摩書房、1968年7月)
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小松英雄『国語史学基礎論(2006簡装版)』(笠間書院、2006年11月、1973年1月初版)第4章
井手至「古事記創生神話の対偶神」(『遊文録 説話民俗篇』和泉書院、2004年5月、初出1978年3月)
金井清一「神世七代の系譜について」(『古典と現代』49号、1981年9月)
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金井清一「神世七代(『古事記』の〈神代〉を読む)」(『國文學 解釈と教材の研究 』33号、1988年7月)
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神田典城「対偶神系譜形成についての一考察」(『古事記・日本書紀論叢』群書、1999年7月)
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勝俣隆「於母陀流神と阿夜訶志古泥神の神話的存在意味について」(『上代日本の神話・伝説・万葉歌の解釈』おうふう、2017年3月、初出2013年3月)

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