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伊耶那美神

読み
いざなみのかみ
ローマ字表記
Izanaminokami
別名
伊耶那美
伊耶那美命
黄泉津大神
道敷大神
登場箇所
上・初発の神々
上・淤能碁呂島
上・神の結婚
上・国生み神生み
上・伊耶那美命の死
上・黄泉の国
他の文献の登場箇所
紀 伊奘冉尊(二段本書、三段本書・一書一、四段本書・一書一・二、五段本書・一書二・三・四・五・六・九・十)/伊奘冉(四段一書三・四)/陰神(四段本書・一書一・五・十)
出雲風 伊弉弥命(神門郡)
美濃風 伊弉並尊(逸▲)
拾 伊奘冉(天地開闢)
旧 伊奘冉尊(神代系紀、陰陽本紀、神祇本紀、皇孫本紀)
祝 伊佐奈美〈乃〉命(鎮火祭)
神名式 伊射奈美神社(阿波国美馬郡)
梗概
 神世七代の第七代で、男神の伊耶那岐神と対偶をなす女神。天つ神の命により二神で国土を修理固成し、婚姻を経て国々や神々を生んだ。
 伊耶那美神は火の神を生んでやがて神避りし、出雲国と伯伎国との堺にある比婆之山に葬られた。黄泉国の神となった伊耶那美神は、自分を連れ戻しにきた伊耶那岐神に、姿を見ないでほしいと懇願したにもかかわらず、その姿を見られる。変わり果てた姿に驚き、逃げ去る伊耶那岐神に追手を遣わすが、黄泉国を脱出されて黄泉つひら坂を塞がれる。別れ際に、伊耶那美神は人を日に千人殺すことを宣言し、対して伊耶那岐神は日に千五百の産屋を立てることを宣言した。本文は、この故に一日に必ず千人死に、千五百人生まれるのである、と伝えている。
 別名、黄泉津大神という。また、伊耶那岐神に追いついたことから道敷大神ともいう。
諸説
 名義は、イザナが「いざなふ」の語幹で誘う意味とする説と、イザを誘いの感動詞とし、ナを連体助詞とする説がある。ミはイザナキのキに対して女性を示す語とされている。神名は、岐美二神が結婚して国生み・神生みを行うことに関わるもので、男女が誘い合って交わることを意味するとする説がある。
 火の神を生んでこの世を去った後の伊耶那美神は、黄泉の国の神となり、黄泉津大神と呼ばれる。また、道敷大神ともいう。
 伊耶那岐神・伊耶那美神の神格については、神世七代の展開を、岐美二神の生成を帰着点とする、神の身体形成の過程と捉え、二神は、身体や性の具有によってはじめて国土の生成や国土における活動を担った男女神とする説がある。
 岐美二神をめぐる一連の神話を比較神話学的に分析すると、世界の神話との類型的な共通点がさまざま認められる。しかし、二神の神話は、いくつもの神話的モチーフや複雑な展開が含まれているため、そこから各神話との影響関係や生成過程を導き出すのは容易ではない。特に、本文に「妹(いも)伊耶那美神」とある「妹」を血縁上の妹ないし女のきょうだいを示すと解することから、その婚姻は近親相姦であると考えられているが、兄妹の相姦による創世神話は、世界的に確認され、東南アジアから東アジアにかけては、洪水で生き残った兄妹二人が結婚して人類の祖先になったという洪水兄妹始祖神話が広く分布している。岐美二神の婚姻譚は、それらの伝承との関係が強く推測されながらも、洪水という共通のモチーフを有していない所などに相違点が認められており、その具体的な関係性の検討が問題となっている。なお、近親相姦は、世界的に見ても太古より禁忌とされるのが一般的のようであるから、神話上のそれは、人間世界の倫理を超えた特異な事象として捉えられたものとも考えられるが、一方、古代の日本で同胞間の結婚がある程度認められていたことを背景にしているとする説もある。他に類似する神話として、ポリネシアなどに伝わる、原初に虚空から父母たる天地が出現し、天父と地母が神々や自然などの万物を生み出したとする天地創造神話や、中国の伏羲・女媧の神話などとの関連も考察されている。
 民俗学的な観点からは、兄妹相姦とされる道祖神の伝承が日本に広く分布していることが指摘されていて、二神の道祖神的な性格も検討されている。また、全国各地に分布する、小正月に炉端で行われる行事に、夫婦が裸になって唱え言をしながら囲炉裏を回る「裸回り」や、粥の攪拌を国土生成に見立てて唱え言をする行事があり、これを二神の国生み神話と関連するものと考えて、国生み神話の交合の次第はそうした古来の儀礼を反映したものではないかとする説がある。
 伊耶那美神は、神生みの最後に火の神、火之夜芸速男神を生んだことで病に伏し、嘔吐物・排泄物から神々を生み出して神避り(かむさり)する。世界的に、火の起源神話は食物起源神話とも密接な関係があり、特に、女性の体内や陰部から火が生まれたとする神話は、メラネシアやポリネシア、南米にかけて多く分布しているが、一方、有用植物の起源が死体からの化生にあることを語る神話の類型(ハイヌウェレ型)もそれとほぼ同じ分布をなしており、火食(食物調理)の観念を通して両者が結びついていることがうかがわれる。伊耶那美神は、陰部から火の神を生み、それによって生産にまつわる神々を生じている所に、その両面の性格が認められるが、この神話は、世界各地の同様の神話と共に、太古の焼畑栽培の文化が背景となっているのではないかとする説がある。
 葬地は、『古事記』では「出雲国と伯伎国との堺の比婆之山」とある。その比定地には、広島県庄原市の比婆山や、島根県安来市の比婆山など諸説あり、熊野信仰との関わりも論じられている。出雲国が黄泉国の入口にあたることや、山は他界に通じる場所であったことから、この葬地の記述は、そうした神話的表現と捉えることもできる。『日本書紀』の一書では、葬地を「紀伊国の熊野の有馬村」とし、さらに「土俗、此の神の魂を祭るには、花の時には亦花を以ちて祭る。又鼓・吹・幡旗を用ちて、歌舞ひて祭る」という在地の祭祀のあり方をも記している。三重県熊野市有馬の「花の窟」という海浜の岩窟に鎮座する花窟神社は、岩壁を神体として伊弉冉尊と軻遇突智尊を祀っており、神事として、季節の花や扇を結びつけた大綱を神体と神木にわたす行事が伝わっている。ただし、現在の形で伊弉冉尊の葬地として信仰されるようになったのは近世以降のこととする説もある。
参考文献
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