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久延毘古

読み
くえびこ
ローマ字表記
Kuebiko
別名
山田之曾富騰
登場箇所
上・大国主神の国作り
他の文献の登場箇所
旧 久延彦(地祇本紀)/山田之曾富騰(地祇本紀)
神名式 久弖比古神社(能登国能登郡)
梗概
 大国主神が出雲の御大(みほ)の岬にいたとき、海上から神がやってきたが、その正体をだれも知らなかった。多邇具久(たにぐく)が、久延毘古が知っているはずだというので呼び寄せて問うと、久延毘古は、その神が神産巣日神の子の少名毘古那神であることを明かした。
 この神は、今いう山田之曾富騰(やまだのそほど)であり、足で歩きはしないが、ことごとく天下の事を知っている神である、と説明されている。
諸説
 この神は、『古事記』編纂当時に「山田の曾富騰(そほど)」と呼ばれていた存在であることが本文で知られ、ソホドが、かかしのことであるから、かかしの神とされる。「山田之曾富騰」の項も参照。
 久延毘古のクエは、崩れる意のクユの連用形とされる(例、「愛しと 我が思ふ心 早川の 塞きに塞くとも なほや崩(く)えなむ」(万4・687))。別名「山田之曾富騰」のソホドが、ぐっしょり濡れる意のソホと同根と解されることから、クエビコという神名を、風雨に吹きさらされて身体を破損したかかしの風貌に基づく命名と捉える説がある。一方、身体が崩れ、故障したことに基づく命名で、歩行不能者であることを表す神名とする説もある。
 古代のかかしの信仰については、かかしは、単に鳥獣の侵入を防ぐのではなく、田畑の所有権を示しその侵犯を防ぐための霊物で、田の神の依り代であったとする説がある。なお、かかしには、古くはソホドとカカシがあり、ソホドは、平安時代以降ソホヅとも呼ばれるが、元来は水流の力で音を立てて鳥獣を追い払う、ししおどしの類を指したとする見方がある。一方、カカシは、嗅がしの意で、元は毛や肉などを焼いた悪臭を嗅がせて田畑から鳥獣を追い払うものであったと言われている。
 かかしの神がなぜ『古事記』において、ことごとく天下のことを知っているとされるのかが疑問とされるが、当時、不具者が智恵の優れた者と信じられたことに由来するという説がある。また、多邇具久(たにぐく=ヒキガエル)と一体の神と捉え、地上をはいずり回って天下のことを知り尽くすという、ヒキガエルの知の働きに形が与えられたものと見る説もある。
 少名毘古那神の正体を知っていたことから、この神を、少名毘古那神の眷属神ではないかとする説や、少名毘古那神と同様、常世国に関係する神ではないかする説もある。
 また、『延喜式』の中の神社名に能登国能登郡の「久弖比古神社」が見え(「弖」は異体字で「氐」とも書く)、「久弖(氐)比古」は「久延比古」の誤字もしくは音変化とも見られているが、定かではない。現在の石川県鹿島郡中能登町久江に鎮座する久氐比古神社が比定され、鎮座地の久江という地名は、平安時代末まで遡って確認できる。祭神の一柱に久延毘古神を祭り、『古事記』の久延毘古と同一視する説もあるが、無関係と見て、鎮座地の地勢に基づいた、山の地滑り(クエ)の神と捉える説もある。
参考文献
松村武雄『日本神話の研究 第三巻』(培風館、1955年11月)第13章
近藤直也「墓に立つ案山子」(『祓いの構造』創元社、1982年4月、初出1978年2月)
中西進「谷蟆考」(『谷蟆考』小沢書店、1982年3月、初出1980年3月)
『式内社調査報告書 第十六巻 北陸道2』(式内社研究会編、皇学館大学出版部、1985年2月)
中澤伸弘「平田國學の傳統―皇典講究所と久延毘古神―」(『國學院雜誌』86巻5号、1985年5月)
早川孝太郎『早川孝太郎全集 第八巻 案山子のことから』(未来社、1989年2月)
鎌田純一「久延毘古神をめぐって」(『明治聖徳記念学会紀要』27号、1999年8月)
保坂達雄「クエビコ 平田神道のなかで発展した案山子の神」(『古事記 日本書紀に出てくる謎の神々』新人物往来社、2012年7月、初出2011年11月)
河田千代乃「スクナヒコナを顕す神―案山子薬神考―」(『神戸女子大学古典芸能研究センター紀要』10号、2016年6月)

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