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大宜都比売神

読み
おほげつひめのかみ/おおげつひめのかみ
ローマ字表記
Ōgetsuhimenokami
別名
大宜都比売
大気都比売神
大気都比売
大宜津比売神
登場箇所
上・国生み神生み
上・須佐之男命の追放
上・大年神の系譜
他の文献の登場箇所
旧 大宜都比売(陰陽本紀)/大宜都比女神(陰陽本紀)/大御食都姫神(神祇本紀)/大気都姫神(地祇本紀)
梗概
 伊耶那岐・伊耶那美二神の国生みの段と神生みの段とで、同名の神が生まれている。前者は、国生みによって生まれた伊予之二名島のうちの粟国(阿波国)の名で「大宜都比売」とあり、後者は「大宜都比売神」とある。
 須佐之男命の追放の段では、食物を求められて、鼻・口・尻から様々の食物を出して様々に調理して奉ったところ、その様子を見て、汚いことをしていると思った須佐之男命に殺される。殺された身からは、頭に蚕、両目に稲種、両耳に粟、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生じた。そこで、神産巣日御祖命がこれらの種を取らせた。
 また、大年神の子の羽山戸神との間に、八柱の子神(若山咋神・若年神・若沙那売神・弥豆麻岐神・夏高津日神・秋毘売神・久々年神・久々紀若室葛根神)を生んでいる。
諸説
 『古事記』では四箇所の場面に登場するが、『日本書紀』には出てこない。
 名義は、「大」は美称、ゲは食物を意味するケ(例:ミケ=御食)の連濁、ツは連体助詞と考えられ、その神格は、食物を掌る女神と考えられる。
 国生みで生まれた伊予之二名島の四面の一つである粟国(阿波国)を「大宜都比売」と称するのは、「粟」に基づく食物神としての命名と考えられている。粟国自体が粟を産出した国であったことによる神名と捉える説もあるが、国名は元来粟とは無関係と捉え、発音に基づいて粟を附会した上で食物神の名がつけられたものとする説もある。国生みののち、神生みにおいても「大宜都比売神」が生まれているが、両者は同名の別神と考えられている。
 『古事記』の中でその神格や事跡が具体的に描写されているのは、この神が須佐之男命に殺されて蚕や穀物を発生させるという場面である。この話は、天石屋神話で八百万の神が須佐之男命を追放するくだりと、追放された須佐之男命が地上に降り立つくだりとの間に位置しているが、その前後の内容と文脈が直接つながっていない印象があるため、本来は別の伝承であったのを、編纂の際に挿話的にこの位置に付け加えたものという見方がされている。この話は「又、食物を大気都比売神に乞ひき。」という文で始まっているが、「又」が文脈上どのような意味を持つかや、食物を乞うた主体が須佐之男命か八百万の神か、といった解釈の問題が議論されている。この話が『古事記』の中でどう位置付けられているかについては、高天原の神話と出雲の神話との間の橋渡しをしているとする捉え方や、農耕の起源を語ることで、後の大国主神らによる地上の国作りの展開を基礎づけているとする捉え方などがある。
 『日本書紀』では、類似の神話が、天石屋神話の前にあたる五段の一書十一に見える。その内容は、伊弉諾尊の生んだ月夜見尊が、天照大神の命によって保食神のもとに行くと、口から嘔吐するようにして作り出した食べ物でもてなしたので、怒って殺したところ、その死体の各部位から牛・馬(頂)、粟(顱)、蠒(眉)、稗(眼)、稲(腹)、麦・大豆・小豆(陰)が発生し、それによって農耕や養蚕が始められた、という話になっていて、記とは登場する神や前後の文脈が大きく異なり、化生の内容にも違いがある。また、五段一書二には、軻遇突智が埴山姫を娶って稚産霊を産み、その頭上に蚕と桑が、臍中に五穀が生じたという伝がある。死体から化生したとは書かれていないが、元来は上記の二伝と同様の筋を持った伝承だったのではないかとも推測されている。また、上記の一書十一の保食神の神話について、化生した体の各部位を指す朝鮮語と、それぞれの化生物を指す朝鮮語及び日本語との間に音韻上の密接な対応関係があることが指摘されており、そのことから、この神話を、朝鮮半島から伝わったものとみる説や、在来の神話に朝鮮系の記録者による二次的な加工が施されたものとみる説がある。記における化生物や部位の組み合わせは、それとは異なるので、音韻の対応は限定的であり、その化生の内容は、むしろ一書二の稚産霊の神話の方に共通性があることが指摘されている。ただし、稚産霊から生じた「五穀」にどの穀物が想定されているかについては諸説ある。
 死体から種々の作物が発生したことを語る類型の神話(ハイヌウェレ型神話)は、世界各地に見られる。インドネシアのセラム島のウェマーレ族の神話は、大便として宝物を排泄する力を持った少女ハイヌウェレが殺され、父アメタがその死体を切り刻んで断片をあちこちに埋めると、様々な種類の芋がそれぞれの身体の部分から発生し、人々の主食となる芋類の栽培が始まった、という内容を持ち、記紀の神話とも類似する。これと同様の要素を持つ各地のハイヌウェレ型神話は、元は熱帯における原始的な焼畑による芋や果樹の栽培を営む古栽培民の文化の中で発生したものと推定されているが、記紀の大宜都比売神や保食神の神話についても、化生物の多くが焼畑耕作物であることから、水田での稲作ではなく焼畑で栽培される作物の起源を語ったのが原型とみる説がある。特に、粟国が大宜都比売と呼ばれていることや、羽山戸神と大宜都比売との間に生まれた神々が山に関係していることなどからは、大宜都比売神は元来、山の焼畑耕作文化にまつわる神であったとする見方もされている。また、縄文時代中期の土偶に、妊婦など生産を象徴した女性像がばらばらに壊されて出土する例が多いのを、ハイヌウェレ型神話に結びついた農耕儀礼を行ったものと解釈し、そうした縄文時代以来の信仰・習俗が反映された神話と捉える説もある。その他、死体の各部位から世界が生まれたという中国の盤古神話に関連を見出だして、中国南部の焼畑耕作民の文化に神話の由来を求める説もある。
 このように、比較によって外国の神話とのつながりが見出だされている一方、記紀の諸伝の形成過程や記紀載録以前の伝承の実態が定かでないことや、各地の神話・伝承との系統関係を論じる上での内外の資料が乏しいことなどから、現時点では、その起源を一概に特定の地域や時期に限定するのが困難であるという問題も残っている。
参考文献
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西郷信綱『古事記注釈 第二巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年6月、初出1975年1月)
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小濱歩「須佐之男命と月夜見尊―『日本書紀』との比較―」(『古事記學』4号「『古事記』注釈」補注解説、2018年3月)

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