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槁根津日子

読み
さをねつひこ/さおねつひこ
ローマ字表記
Saonetsuhiko
別名
-
登場箇所
神武記・東征
他の文献の登場箇所
紀 珍彦(神武前紀甲寅年十月、神武紀二年二月)/椎根津彦(神武前紀甲寅年十月、神武前紀戊午年九月、神武前紀戊午年十一月)
拾 椎根津彦(神武天皇の東征)
旧 珍彦(皇孫本紀)/椎根津彦(皇孫本紀、天皇本紀、国造本紀)/椎根津彦命(国造本紀)
姓 椎根津彦命(右京神別下、摂津国神別、河内国神別)/神知津彦命(右京神別下、大和国神別)/宇豆彦(大和国神別)/神知津彦(大和国神別)/椎根津彦(大和国神別)
梗概
 神倭伊波礼毘古命が吉備の高島宮から東に上っていくと、速吸門で亀の背に乗って釣りをしながら、袖を振って近づいてくる人に出会った。その人を呼び寄せて問いかけたところ、国つ神であると称した。神倭伊波礼毘古命は海道を知っているかを尋ね、国つ神は能く知っていると答えたので、みずからに仕え奉らせることにした。承諾した国つ神に棹を渡して船に引き入れ、そこで槁根津日子の名を賜った。倭国造らの祖。
諸説
 神名の字義は、「槁」が船を進めるための棹、「根」が根本に由来する親愛の接尾辞のネ、「津」が連体助詞のツ、「日子」は男性を意味するヒコとされ、全体で「サヲの(立派な)男」の意となる。サヲは海人や漁民たちの生業を代表する船具とされ、槁根津日子の水路を導く職能や、その水利支配を象徴する呪杖とする見解もある。『日本書紀』では椎根津彦と称されるが、「椎」も椎棹のこと、あるいはサヲが転化したものと考えられている。椎をツチ・ツツと訓むとする説では、同じ航海神である筒之男命や塩椎神との関連性が指摘されている。『日本書紀』にみえる珍彦の名は、『新撰姓氏録』に宇豆彦とあるようにウヅヒコと訓み、速吸門の渦に由来するものとされるが、一般的な尊称としてのウヅと捉える説もある。また大阪湾の古称である茅渟(チヌ)が珍とも表記されることから、珍彦もチヌヒコと訓むとする説、あるいは「珍」の表記を重視し、その「マレビト」的性格を示したものとする説もある。『新撰姓氏録』にみえる神知津彦という別名は、「津」を字義どおり港・水と解することもでき、それを熟知する槁根津日子への最大の尊称と考えられている。
 『古事記』では速吸門で合流して以降は登場しないが、『日本書紀』では大和平定伝承においても活躍し、神武天皇の即位後には功績によって倭国造に任じられている。倭国造は倭大国魂神の奉斎氏族であったから、椎根津彦が老父に変装して天香山の土を取り、その土を用いた土器祭祀によって大和平定が予兆されたする『日本書紀』の伝承は、倭国造による倭大国魂神の奉斎を正当化するための功業譚であったことが指摘されている。なお同様の土器祭祀に関する伝承は『住吉大社神代記』天平瓮奉本記にも確認できるが、そこで神功皇后に天香箇山の土を献上したのは「古海人老父」であった。そのため原型としての伝承は海人集団に伝わっていたもので、その伝承に『日本書紀』編纂時に椎根津彦の名称が付加されたとも考えられている。
 神倭伊波礼毘古命が槁根津日子と出会った速吸門は、『古事記』に従えば明石海峡、『日本書紀』に従えば豊予海峡に比定される。従来「速吸門」は普通名詞であって、そのため記紀の編纂方針の相違によって位置に錯綜が生じたとされる。『日本書紀』が速吸之門を豊予海峡としたのは、椎根津彦を東征における最初の帰順功労者とし、倭国造の地位を有利にするための作為であったとする説がある。一方で、倭国造は瀬戸内海の海人集団と密接な関係をもっていたことが確実視されており、そこから『古事記』では速吸門が明石海峡に当てられたと考えられている。
 槁根津日子はウミガメの背に乗って、釣りをしながら近づいて来ているように、海人としての性格が濃厚である。その際の「羽挙り」という行動も、単に袖を振ったというだけではなく、海人の船脚の速さの象徴としての鳥とする説、海人の習俗としての鳥装シャーマンとする説などもある。ただし『日本書紀』では神武東征の功臣としての側面が強調され、『古事記』と比べて海人としての性格は薄い。そのため後裔氏族の倭国造は、大和神社のある大和国を本拠地とし、さらにそこから瀬戸内海にも勢力を伸ばした氏族とする見解が大勢であった。しかし近年では、本来的には『古事記』の伝承にみえるような明石海峡付近を本拠地とした海人集団であって、二次的な大和国への進出(服属)が『日本書紀』に反映されたとの説も有力となっている。
 なお『大倭神社注進状』裏書には、椎根津彦命が蛭児神を奉斎したという独自の伝承がみえる。かつてはそこから倭国造の性格などが論じられていたが、近年では『大倭神社注進状』を江戸時代の偽作とする説が有力となっている。
参考文献
倉野憲司『古事記全註釈 第五巻 中巻篇(上)』(三省堂、1978年4月)
『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月)
西郷信綱『古事記注釈 第五巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年12月、初出1988年8月)
『古事記(新編日本古典文学全集)』(山口佳紀・神野志隆光 校注・訳、小学館、1997年6月)
田中卓「神武天皇の御東征と大倭国造」(『田中卓著作集2 日本国家の成立と諸氏族』国書刊行会、1986年10月、初出1957年7月)
西田長男「大神・大和・石上・日吉諸社の縁起の偽作」(『神社の歴史的研究』塙書房、1966年9月)
瀧川政次郎「倭大国魂神と大倭氏の盛衰―特に大倭氏の祖珍彦と神武東征との関係について―」(『國學院大學紀要』6、1967年6月)
高崎正秀「皇統譜の研究序説」(国学院大学編『国体論纂 下巻』国学院大学、1964年3月)
西郷信綱「神武天皇」(『西郷信綱著作集 第1巻 記紀神話・古代研究Ⅰ 古事記の世界』平凡社、2010年12月、初出1966年2月・3月)
三品彰英「神武伝説の形成」(『三品彰英論文集 第一巻 日本神話論』平凡社、1970年7月)
志田諄一「倭直」(『古代氏族の性格と伝承』雄山閣、1971年2月)
楢崎干城「倭氏考―椎根津彦・長尾市・吾子龍の伝承―」(横田健一編『日本書紀研究 第八冊』塙書房、1975年1月)
黛弘道「海人族と神武東征物語」(『律令国家成立史の研究』吉川弘文館、1982年12月、初出1982年3月)
平林章仁「喪葬と鳥」(『鹿と鳥の文化史―古代日本の儀礼と呪術―』白水社、1992年9月)
白井伊佐牟「『大倭神社註進状并裏書』偽作の迹―「斎部氏家牒」にみえる外宮相殿神の検討を中心に―」(『史料』206、2006年12月)
古市晃「倭直の始祖伝承に関する基礎的考察」(『国家形成期の王宮と地域社会―記紀・風土記の再解釈―』塙書房、2019年3月、初出2013年6月)

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