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塩椎神

読み
しほつちのかみ/しおつちのかみ
ローマ字表記
Shiotsuchinokami
別名
-
登場箇所
上・海神の国訪問
他の文献の登場箇所
紀 事勝国勝長狭(九段本書・一書二・四・六)/事勝国勝神(九段一書四)/塩土老翁(九段一書四、十段本書・一書一・一書三、神武前紀)/塩筒老翁(十段一書四)
旧 塩土老翁、事勝国勝長狭、事勝国勝神(皇孫本紀)
梗概
 海幸山幸の段で、火遠理命が兄の釣り針を失くしてしまい、海辺で嘆いていたときに助言した神。塩椎神は無間勝間(まなしかつま。編んだ竹と竹との間が堅く締まって、隙間がない籠)の小船を造って火遠理命を乗せ、潮流に乗って綿津見神の宮に行き、門の近くの井戸のほとりに生えている湯津香木(ゆつかつら。神聖な桂の木)の上に居るようにと指示を出し、そうすれば海の神の娘が相談に乗ってくれるであろうと教えた。
諸説
 語尾が「チ」で終わる神名の類型は、日本における最も古い精霊観に属するものとされ、シホツチは「潮つ霊」と解釈される。もしくは「潮つ路」や、「潮槌」と解する説もある。槌状の棒は潮流に乗って移動する棹、櫓、檝(かじ)、櫂の類であり、航海神の呪術の象徴の棒とされ、更には、母なる船に活を与える陽根の矛に通ずるという。「霊」「路」「槌」いずれにおいても潮流をつかさどる神と理解される。
 シホツチは記紀の複数の箇所に登場するが、いずれにおいても主人公に行くべき方向を示すという重要な役割を担っている。『日本書紀』の海幸山幸神話では塩土老翁、塩筒老翁と見え、天孫降臨神話では瓊瓊杵尊に国を奉る、事勝国勝長狭、事勝国勝神の亦の名として見える。神武即位前紀では、塩土老翁が神武天皇に東方によい国があると教えたことで、東征の契機となった。
 『日本書紀』九段一書四では塩土老翁(事勝国勝神)は伊弉諾尊の子であると記されており、これは伊弉諾尊が禊を行った際、住吉の神と海神が同時に化成したことにもとづく連想であるとされる。音韻上、「ツチ」は「ツツ」に容易に転訛することから、塩「筒」老翁は塩「土」老翁の転であり、住吉の神である筒男命と同一視する説も古くからある。
 海幸山幸の神話は、比較神話学的には南方系の要素が濃厚であるとされるが、シホツチに関していえば、むしろオリエントやヨーロッパに見られるという指摘もある。『日本書紀』でも、潮路の神は経験と知恵ゆたかな「老翁」と観ぜられており、ギリシア神話のプロテウス、ネレウス、グラウコス、ポルキュスなど「海の老人(ハリオス・ゲロン)」と呼ばれる「物知り」な老人である海の神と神格が共通している。また、「海の老人」の知恵は王権の獲得、あるいは回復を助けるために発揮されていることからも、記紀神話で天皇家の祖先たちのために知恵を役立てたシホツチ老翁と酷似しているという。
参考文献
西郷信綱『古事記注釈 第一巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年4月、初出1975年1月)
西郷信綱『古事記注釈 第四巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年10月、初出1976年4月)
『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月)
田中卓編著『住吉神社神代記』(住吉神社神代記刊行会、1951年10月)
松村武雄「海幸・山幸の神話」(『日本神話の研究 第三巻 ―個分的研究篇(下)―』、培風館、1955年11月)
西宮一民「ツツノヲ神の名義について」(『すみのえ』第9巻第4号、1972年4月)
西宮一民「御祭神としての神功皇后」(『神功皇后』皇学館大学出版部、1972年5月)
溝口睦子「記紀神話解釈の一つのこころみ(上)―「神」概念を疑う立場から―」(『文学』41巻10号、1973年10月)
吉田敦彦「世界神話における日本神話―シホツチの老翁とギリシア神話の「海の老人」たち―」(『講座日本の神話11 日本神話の比較研究』有精堂、1977年4月)
宮島正人「住吉大神とその奉斎氏族―ツツノヲの語義に関連して―」(『海神宮訪問神話の研究―阿曇王権神話論―』和泉書院、1999年10月、初出1993年11月)
菅野雅雄「海神考」(『菅野雅雄著作集 第二巻 古事記論叢2 説話』おうふう、2004年3月、初出1995年9月)
泉谷康夫「海宮遊行神話の成立について」(『記紀神話伝承の研究』吉川弘文館、2003年8月)

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