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鳥之石楠船神

読み
とりのいはくすふねのかみ/とりのいわくすふねのかみ
ローマ字表記
Torinoiwakusufunenokami
別名
天鳥船
登場箇所
上・国生み神生み
他の文献の登場箇所
紀 鳥磐櫲樟船(五段一書二)/熊野諸手船(九段本書)/天鴿船(九段本書)/天鳥船(九段一書二)
旧 鳥之石楠船神(陰陽本紀)/天鳥船神(陰陽本紀)
梗概
 伊耶那岐・伊耶那美二神の神生みによって生まれた神。またの名を天鳥船という。
諸説
 この神は、『古事記』では人格的な神とみなされているが、『日本書紀』では物体的な船そのものとして描写されていて、「神」の称も付いていないことが注意される。『古事記』の国譲り神話では、天鳥船神という別名で称され、建御雷神に付き添って地上に遣わされた神であるが、『日本書紀』九段本書では「熊野諸手船」別名「天鴿船」で、使者の稲背脛を載せた乗り物である。また、九段一書二で大己貴神に与えられた海の往来の遊具に「高橋・浮橋と天鳥船」と見えている。『出雲国造神賀詞』の中に国譲り神話に類似する神話が見え、天夷鳥命に布都怒志命を副えて天降りさせた、とあって、この天夷鳥命を天鳥船と同神とする説もある。
 神名の「石楠」の「楠」は、古来船材として重宝されてきた樹木である。『日本書紀』八段一書五に、素戔嗚尊の抜いた毛が、杉・檜・柀(まき)・櫲樟(くす)になり、それぞれの樹木の用途を定めたという話があり、そこでは杉と櫲樟とが船(浮宝)の材木に指定されている。「石」は、楠の船の堅固さを称えた名とする説や、神の依り代としての岩石とする説がある。神が天から降る乗り物の呼称として、「石船」(『万葉集』2・292)「天磐船」(神武前紀)といった例も、神話・伝承に見えている。
 船の名に「鳥」を冠した例は、『播磨国風土記』逸文に、「仍ちその楠を伐りて舟を造る。その迅きこと飛ぶが如し。一檝に七浪を去き越ゆ。仍ち速鳥と号く」、『万葉集』に「沖つ鳥鴨といふ船」(16・3866、3867)といった例が見えるが、他にも古代は船に鳥の語や鳥名を称した例が多い。その理由については諸説あり、飛行の速さになぞらえたとする説や、水鳥の水上に浮かぶさまになぞらえたとする説、人の死後に魂を運ぶものとして共通する両者が結びついたとする説、鳥を用いた航海術に基づく語とする説、天と海とが一続きの空間と観念されたことから、天空を翔る鳥と海を行く船とが結びついたとする説などがある。
 船と鳥との結びつきは、アメリカ・アフリカ・東南アジアなど世界各地にも見られ、中でも、死にまつわる観念としての事例が注目される。墳墓などに描かれた船の図像には、鳥が船にとまっているものや、船自体が鳥の形をしたもの、また船員が鳥の装いをしているものなどが見られ、死者の霊魂の冥界への旅立ちを表していると解されることが多い。その信仰の根底には、死者の霊魂が鳥に化し、若しくは鳥に運ばれて冥界に行くという観念と、死者の霊魂が船に乗って冥界に運ばれるという観念とがあり、それらが結びついたものだと考えられている。
 また、太陽が船に載って運行するという太陽船の観念から、その船に死者の霊魂が便乗して、太陽や天上にある冥界へと旅立つという信仰も古代エジプトから見られ、太平洋の島々などにも認められる。鳥之石楠船神(天鳥船)の背景にそうした太陽船の信仰があったと考え、魂を天上の冥界へ運ぶ鳥形の船というのが、その元来の神話的意義だと捉える説がある。珍敷塚古墳(福岡県うきは市)の壁画には、船の舳先に鳥がとまり、その上方に、太陽とも解される同心円の図形が伴っていて、実際に、太陽船との関連が推測されている。また、『日本書紀』に、蛭児を「天磐櫲樟船」もしくは「鳥磐櫲樟船」に載せて棄てたとあり(五段本書、一書二)、これを、太陽神(蛭児)を載せた太陽船と解する見方もある。
 しかし、死後天上の冥界に行くという信仰が日本に古くあった例は見出しがたく、また、鳥之石楠船神(天鳥船)や神が載る船は、天上から地上へ降る乗り物である例が多いことから、この神を直接、死者の霊魂を運ぶ船とは見なしがたいという問題が残されている。
参考文献
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西郷信綱『古事記注釈 第一巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年4月、初出1975年1月)
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松本信廣「古代伝承に表れた車と船―徐偃伝説と造父説話との対比―」(『日本民俗文化の起源 第二巻』講談社、1978年10月、初出1954年3月)
松本信廣「古代の船」(『日本民俗文化の起源 第二巻』講談社、1978年10月、初出1958年11月)
松前健「自然神話論」(『松前健著作集』第11巻、おうふう、1998年8月、初出1960年8月)
松前健「太陽の舟と常世信仰」(『松前健著作集』第12巻、おうふう、1998年9月、初出1961年2月)
斎藤浄元「天鳥船考」(『日本航海学会誌』27巻、1962年6月)
福島秋穗「やぶにらみ神話論(三)―鳥と船について思いついたこと―」(『文藝と批評』6号、1965年1月)
吉井巌「古事記における神話の統合とその理念―別天神系譜より神生み神話への検討―」(『天皇の系譜と神話』塙書房、1967年11月)
肥田野昌之「鳥之石楠船神」(『上代日本文学の基盤』笠間書院、1973年12月、初出1971年3月)
松本信廣・大林太良「対談・古代の船と海の文化」(『日本古代文化の探求・船』社会思想社、1975年4月)
石井謙治『図説和船史話』(至誠堂、1983年7月)
福島秋穗「鳥船考」(『記紀神話伝説の研究』六興出版、1988年6月、初出1986年3月)
辰巳和弘「鳥船考」(『東アジアの古代文化』100号、1999年8月)
和田晴吾「古墳の他界観」(『国立歴史民俗博物館研究報告』152集、2009年3月)
辰巳和弘『他界へ翔る船―「黄泉の国」の考古学』(新泉社、2011年3月)
『古典基礎語辞典』(大野晋編、角川学芸出版、2011年10月)

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