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月読命

読み
つくよみのみこと
ローマ字表記
Tsukuyominomikoto
別名
-
登場箇所
上・三貴子の分治
他の文献の登場箇所
紀 月神(五段本書、顕宗紀三年二月)/月弓尊(五段本書・一書一)/月夜見尊(五段本書・一書十一)/月読尊(五段本書・一書六)
山背風 月読尊(逸文▲)
筑紫風 月神(逸文▲)
拾 月神(天地開闢)
旧 月読尊(陰陽本紀、神祇本紀)/月夜見(陰陽本紀)/月弓(陰陽本紀)/月読命(陰陽本紀)/月弓尊(陰陽本義、神祇本紀)/月夜見尊(神祇本紀)
神名式 月読宮(伊勢国度会郡)/月夜見神社(伊勢国度会郡)/葛野坐月読神社(山城国葛野郡)/月読神社(山城国綴喜郡、壱伎島壱伎郡)
梗概
 黄泉国から逃れてきた伊耶那岐神が、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原で禊をした際、右目を洗った時に生まれた神。天照大御神・須佐之男命と並ぶ三貴子の一柱で、伊耶那岐神から夜之食国の統治を命じられた。
諸説
 神名について、『日本書紀』五段本書には「月神」とあり、注に「一書に云く、月弓尊、月夜見尊、月読尊といふ」とある。「月夜見」と「月読」はどちらもツクヨミと読まれるが、上代特殊仮名遣いでは「読」のヨは乙類の仮名、「夜」のヨは甲類の仮名であり、異なる発音であったと考えられる。これらの別名は、同段の「一書」の各伝に見られ、それぞれの伝の元になった原資料ごとの神名の違いを反映していると考えられている。また、元来は神名ごとに別の神であったのが、編纂の際に同一の神として統合されたとする見解もある。
 神名の意義は、「月読(つくよみ)」は月齢を数える意で、暦に関係する名とする説がある。「月夜見(つくよみ)」は、暗い夜を照らすことによる名とする説や、「月夜」を「月」と同義、「見」を神霊の意として、月の神霊の意と捉える説がある。「月弓(つくゆみ)」は、弦月に基づく命名とする説や、「月夜見」の音変化(「弓」は借字)とする説がある。
 『万葉集』では、月そのものを指してツクヨミと称しており、「月読」(4・670、4・671、7・1075)「月夜見」(13・3245)「月余美」(15・3599、15・3622)と表記されている。月を男性とみた、ツキヒトヲトコ(10・2010、10・2043、10・2051、10・2223、15・3611)、ツクヨミヲトコ(6・985、7・1372)、ササラエヲトコ(6・983)といった擬人的な表現も見られる。
 この神は、伊耶那岐神の禊によって天照大御神・須佐之男命とともに生まれた、いわゆる三貴子の一柱で、日の神に対置される神である。しかし、他の二柱が記紀神話内で目立った活躍を見せているのに比べて、この神は、誕生の場面以外では一部の異伝を除き殆ど登場しない。したがって、月の神であることはわかるが、その具体的な神格や背景にある信仰の実態などは明らかにしがたい。
 『日本書紀』の諸伝での描写を見ると、三貴子の誕生が語られる第五段の本書や一書一、一書五では、月の神は日の神に並ぶ存在として、ともに天上もしくは天地の支配が命じられている。
 一書六は『古事記』と最も近い内容を持つが、月の神が夜の世界ではなく海の支配を命じられている点が異なる(『古事記』では海の支配は須佐之男命が命じられている)。月と海との結びつきは、『万葉集』でも、「天の海に 月の舟浮け 桂梶 掛けて漕ぐ見ゆ 月人をとこ(壮子)」(10・2223)といった例が見られるが、こうした海にまつわる月の信仰は、月と潮の干満との関係に基づくもので漁民に由来するであろうと推定されている。
 一書十一では、月夜見命が天照大神に命じられて葦原中国へ行き保食神を訪ねるが、保食神を殺してしまったことで天照大神の怒りを買い、このために日と月とが一日一夜を隔てるようになったと伝える。農耕や食物の始原にまつわる神話であり、ここには月の神の農耕神としての一面がうかがわれる。月は暦を測る基準として農耕に深く関係しており、月によって暦を測った例は、『万葉集』の「月よめば いまだ冬なり しかすがに 霞たなびく 春立ちぬとか」(20・4492)という歌などに見いだされる。なお、食物神が殺害される食物起源神話は『古事記』にも見られるが、月読命が保食神を殺害するのではなく、須佐之男命が大宜都比売神を殺害する内容となっている。
 『日本書紀』の月の神の持つ、海の支配者(一書六)、食物神の殺害(一書十一)といった神格を、『古事記』では須佐之男命が担っている点で、月の神と須佐之男命の神格に共通性があることが指摘されている。こうした神格を、本来は月の神が担った要素と捉え、元々の日と月の神話の中に、新たに須佐之男命が組み込まれて三貴子の形になったことによって、月の神の役割が須佐之男命に取って代わられたものとする説がある。
 この他、月を不死や再生の象徴もしくは人間の死をもたらす者として信仰した例も世界的に多く、これは月が満ち欠けを繰り返すことに基づいた思想と考えられる。『万葉集』には、「……月読の 持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも」(13・3245)という歌に、月が若返りの水(をち水)を持つという信仰が見いだされ、後世には、沖縄県宮古島などにこれとよく似た月にまつわる伝承が見いだされる。日本本土でも古来、元旦に若水を汲む習俗が全国的にあり、古くは平安時代の立春の宮中行事として確認できることから、月と死・不死とが結びついた信仰が古代からあったとも推測されている。
 三貴子の一柱として著名な月読命であるが、記紀神話上の位置づけや神格、また、民俗的な月の信仰との関係性など、明らかになっていない点が多い。
参考文献
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小濱歩・佐藤長門「食国(夜之食国)」(『古事記學』3号「『古事記』注釈」補注解説、2017年3月)
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藤目乃理子「ツクヨミに関する一考察─三貴子の再考を通じて─」(『懐徳堂研究』11号、2020年2月)

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