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上箇之男命

読み
うはつつのをのみこと/うわつつのおのみこと
ローマ字表記
Uwatsutsunoonomikoto
別名
上箇男
墨江之三前大神
登場箇所
上・みそぎ
仲哀記・仲哀天皇の崩御と神託
他の文献の登場箇所
紀 表筒男命(五段一書六)/磐土命(五段一書十)/表筒男(神功前紀仲哀九年三月、同十二月、神功紀元年二月)/表筒雄(神功前紀仲哀九年十二月)
旧 表筒男命(陰陽本紀)/磐土命(陰陽本紀)
梗概
 伊耶那岐神の禊の段で、中つ瀬で禊をした際に生まれた墨江之三前大神(底箇之男命・中箇之男命・上箇之男命)のうち、水の上ですすいだ際にうまれた神。
 また、仲哀記において、建内宿禰が神託を請うと、仲哀天皇の后、息長帯日売命(神功皇后)に神がかりし、天皇に対して、帰服させるべき西方の国(新羅国)の存在を示すが、天皇は虚言として信じず、祟りを受けて崩御する。建内宿禰が再び託宣を請うと、その国は神功皇后の身ごもった男子(応神天皇)が治めるべきことを告げる。その際、神の名前を請うと、自分は底箇之男・中箇之男・上箇之男の三柱の大神であると、初めて名前を明らかにした。
 やがて、外征に際して三柱の御魂を船の上で祀るよう教え、神功皇后の新羅親征を守護した。新羅を服従させると、神功皇后は、杖を国王の門につき立てて、墨江大神の荒御魂を「国守神」として鎮座させた。
諸説
 神格や祭祀の歴史については「墨江之三前大神」の項も参照されたい。
 上箇之男命・中箇之男命・底箇之男命の三神は、住吉大社(大阪府住吉区)に祀られる住吉大神で、『古事記』では「墨江之三前大神」と総称されている。住吉の地名は、古くはスミノエと呼ばれ、「住吉」「墨江」「清江」などと表記されたが、平安時代以降、スミヨシとも呼ばれるようになった。外交にまつわる航海の守護神として国家的な祭祀をうけており、王権にとって特別な意義を有する神社であった。遣唐使時奉幣の祝詞や六国史には、遣唐使出発の際にこの神を祭ったことが見え、古来、航海の守護神として篤く信仰されてきている。
 上箇之男命の「上」の読み方にはウハ、ウヘの両説がある。『古事記』の上津綿津見神の神名には、「上」を「宇閉(うへ)」と読むとする訓注が付されている。しかし、それを上津綿津見神と上箇之男命の読みに適用するに際しては、表記の通りにウヘと読むとする説と、ウヘは単体の語形を示しているに過ぎないと解し、当該の神名では修飾語となっているので語形を変化させてウハと読むとする説とがある。
 この神名の核は「箇之男」の部分にあるとされ、「之男」は普通、文字通り「~の男」と解されるが、「箇」に関しては諸説ある。「箇」は「筒」に通じる字でツツと読まれているが、その意味について、現在の主な説としては、①ツチの転と取り、ツを助詞(「~の」の意)、チを尊称あるいは霊格を表す語とする説、②ツチの転ととり「津路」で海路の意と解する説、③星のこととする説、④前のツを助詞、後のツを津とする説、⑤対馬の地名「豆酘(つつ)」とする説、⑥ツチの転と取り「槌」と解する説、⑦文字通り「筒」と解する説などがある。
 ①のツツがツチの変化である理由としては、『日本書紀』で塩土老翁(しほつちのをぢ)が塩筒老翁(しほつつのをぢ)ともあることや、三神が『日本書紀』五段一書十に磐土(いはつち)命・底土(そこつち)命・赤(あかつち)土命という名で見えていることが挙げられる。ツチは野椎(のづち)神や建御雷之男(たけみかづちのを)神などのツチなどで、助詞のツに神霊の意のチが付いたものと考えられている。また、海路を導く神である塩椎神と元は同神であったと捉え、シホツチ、すなわち「潮つ霊」が三神に分化し、「底つ霊・中つ霊・上つ霊」になったとする説もある。②の「津路」は、①の解釈から、より航海神としての神格に近づけた説であるが、「津」と「路」とが熟合してツチという語になった例はないという批判もある。
 ③の星とする説は、金星をユフヅツと呼んだことや、西日本の一部の方言に粒をツヅと言う例を根拠に、星粒を古くツツとかツヅと言ったと想定し、航海の目印となる星の神格化と捉えた説である。これに対しては、星一般をツツやツヅと呼んだ例がないことや、日本古代の航海が星によって行われたものではないこと、また記紀神話の中に星の神格が殆ど見えないことなどによる批判がある。
 ④は、前のツを、同時に生まれた底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神の「底つ」「中つ」「上つ」と同じく助詞と考え(「津」の字は当て字)、後のツを津、すなわち、船舶が出入りや停泊をする港のこととし、津を司る神のことと解する。これに対する批判としては、「つ津」に「箇(筒)」という当て字を使うことの不自然さや、津という平面的な景観が、神格の底・中・上という分け方と合致しないこと、類似の神名、石筒之男神の「石筒」を同様に「石つ津」とは解釈できず、整合しないことなどの難点が挙げられている。
 ⑤は、地名由来の神名と捉えたもので、対馬の要衝、豆酘(つつ)の地を本拠とした海人族の阿曇氏が奉斎した神と解する。豆酘には、神功皇后を祭る神住居神社があり、神功皇后の新羅征討の際、この地に行在所が定められたという社伝があるため、神功皇后を加護したツツノヲ三神にも関連づけて考えられている。これに対する批判は、地名由来の神名の例が記紀神話の本筋をなす神々にないことや、神格や働きを表した神名が多い天つ神の中に独り意義が不明瞭になるということ、また、実際に豆酘の阿曇氏が奉斎したかが疑問であること、この神に豆酘や対馬と関係した伝承がないことなどが挙げられている。
 ⑥は、ツツをツチの音変化とし、「槌」、すなわち、椎・矛・棹・杖など槌状の棒のこととし、航海神の呪術の象徴と捉える説である。槌をツツと言ったことは『日本書紀』に「頭椎剣(くぶつちのつるぎ)」を歌謡で「句騖都都(くぶつつ)」といった例から類推できるとし、記紀神話で海道を導く働きをする槁根津日子(椎根津彦)や塩土老翁(塩筒老翁)を、潮流や航海を司る呪棒としての棹を持った者と捉え、これになぞらえて、ツツノヲを、そのような呪棒を持った、海路を支配する男の神と解する。
 ⑦は、ツツを文字通り「筒」の意ととり、船舶の帆柱の下にある、船霊(ふなだま)を収めた筒の神格化と捉える説である。これは、民間の船乗りや漁師の船霊信仰をもとにした解釈で、船霊の古い例は『続日本紀』(天平宝字七年八月壬午)に、高麗国から帰朝する際に暴風に遭い、「船霊」に祈った記述が見え、船上で住吉神を祭ったことは、『万葉集』(6・1021、19・4245)や円仁『入唐求法巡礼行記』にも見える。また、住吉大社の摂社に「船玉神社」(神名帳・摂津国住吉郡)があることも注目される。これに対して、船霊信仰が上代にまで遡れるかを疑問とし、また、帆柱の下の筒に船霊を収めるという習俗がこの時期まで遡れるとは考えがたいとする批判がある。
 他にも古来様々な説が提示されているが、その名義が確定できない理由としては、「箇(筒)」がどのような語構成を反映した表記であるかが明確でないことや、神格が多面的であるため、どんな神格が神名に反映されているとするかの判断が、論者の主張によって異なることなどが問題であろう。
参考文献
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倉野憲司『古事記全註釈 第六巻 中巻篇(下)』(三省堂、1979年11月)
西郷信綱『古事記注釈 第一巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年4月、初出1975年1月)
西郷信綱『古事記注釈 第六巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2006年2月、初出1988年8月・1989年9月)
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真弓常忠「船玉神」(『日本古代祭祀の研究』学生社、1978年8月、初出1977年3月)
西本泰『住吉大社(改訂新版)』(学生社、2002年12月、初版1977年5月)
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岡田精司「難波の神々」(『新修大阪市史 第1巻』大阪市、1988年3月)
吉井巖「箇男三神について」(『天皇の系譜と神話 三』塙書房、1992年10月、初出1992年1月)
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菅野雅雄「海神考」(『菅野雅雄著作集 第二巻 古事記論叢2 説話』おうふう、2004年3月、初出1995年9月)
田中卓「住吉大社の創祀」(『続・田中卓著作集 2』国書刊行会、2012年3月、初出1997年1月)
砂入恒夫「石筒之男神に就いて―墨江之大神試攷」(『立教新座中学校・高等学校研究紀要』31集、2001年3月)
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