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黄泉神

読み
よもつかみ
ローマ字表記
Yomotsukami
別名
-
登場箇所
上・黄泉の国
他の文献の登場箇所
旧 黄泉神(陰陽本紀)
梗概
 伊耶那美神が火の神を産んで神避りすると、伊耶那岐神は追いかけて黄泉国までやってきて、元の国に還ることを促す。しかし、伊耶那美神は、既に黄泉戸喫をしてしまっていた。そこで、伊耶那美神は、元の国に帰るための相談を黄泉神に持ちかけた。
諸説
 この神は、黄泉国の場面で前触れなく名前が出てきており、天地のはじまりや岐美二神の神生みで高天原や葦原中国に生まれた神々とは一線を画する存在として考えられる。それは、伊耶那美神の神避りによって初めて語られる黄泉国がどのような世界であるかということに関わってくる。
 黄泉神の神格は、黄泉国の主宰神と考えられるが、伊耶那美神の「且く黄泉神と相論はむ」という言葉に名前が出てくるだけで、その事跡は語られていないため、登場理由や具体的な性格は明らかでない。そのため、この神の登場は、伊耶那美神がその後、黄泉津大神になるまでの話の筋立て上設定されたに過ぎないとする見方がある。
 また、黄泉国での伊耶那美神の別名、黄泉津大神との神格の類似や対応が考察されている。伊耶那美神が死を司る神の性格を得て黄泉津大神になったことを、黄泉国の主宰神が黄泉神から伊耶那美神に交替したことと考え、それまで天上や国土とは隔絶した位置付けであった黄泉国が、それによって天皇の系列による統治に切り替わり、高天原や葦原中国と並ぶ統治領域に組み込まれたことを表しているとする説がある。
 黄泉国がどのような世界であるかは、様々な方面から考察されている。漢籍における漢語「黄泉」は、地下の世界を指しているが、この字面が『古事記』中の、あるいは一般的な和語としてのヨミとどう対応しているかは問題である。『古事記』の黄泉国も、地下の死後世界として論じられることが多いが、これに対して、本文の文脈からは、地下の世界であるとはっきり読み取ることができないという指摘があり、そもそも日本古代の他界は、地下ではなく、墳墓や葬送の地であった山中にあったということが論じられている(『万葉集』2・165、3・417、『日本霊異記』下22、下23など)。それに関連して、ヨミという語は、その古形ヨモがヤマ(山)と母音交替による造語関係を持っていると解する説もある。このように黄泉を地上の延長として捉えると、『古事記』の黄泉国は、葦原中国と上下の位置関係にある世界ではなく、葦原中国の存在する「国」(「天」に対する)における同一平面上に在って人間に死をもたらす世界として位置付けられるとする説がある。一方で、『古事記』の黄泉国がまさしく山中の他界を指しているかということにも疑問は残り、「黄泉」という表記によって、ヨミという和語の山中の基層的なイメージから、漢語「黄泉」の持つ地下的な他界の観念に移し替えられているとする説がある。
 また、記紀の黄泉国が、古墳時代の横穴式石室の構造やその葬儀を反映しているとする説が広く行われており、考古学的にも検討が進められている。しかし、これに対しては批判もあり、5~6世紀にかけて導入された横穴式石室では、飲食供献を伴って丁重に行われた死者への祭祀の場という、3世紀以来の古墳の性格が継承されていたが、7世紀に祭祀を伴わない遺体を安置する墓としての横口式石槨が普及し、古墳は祭祀の場としての性格を喪失した。記紀が編纂された時代はその変質の後であり、そこに描かれた黄泉国からは、古来の横穴式石室の祭祀の性格は読みとりがたく、飽くまで忌避すべき恐ろしい穢れの世界として表現されているため、横穴式石室の儀礼とは直ちに結びつかない、という。また他に、死者の葬られた墳墓ではなく、生死不明の状態からの復活を願う殯(あらき、もがり)の儀礼の反映とする説もある。
参考文献
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松村武雄『日本神話の研究 第二巻』(培風館、1955年1月)第五章第二節
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菅野雅雄「黄泉観念の成立と黄泉行説話の形成」(『菅野雅雄著作集 第二巻 古事記論叢2 説話』おうふう、2004年3月、初出1963年11月)
大林太良『日本神話の起源』(角川書店、選書版1973年3月、初版1961年7月)
西郷信綱『古事記の世界』(岩波書店、1967年9月)「三 黄泉の国―死者と生者」
佐藤正英「黄泉国の在りか」(『現代思想』1982年9月臨時増刊号(10巻12号)、1982年9月)
神野志隆光「「黄泉国」―人間の死をもたらすもの―」(『古事記の世界観』吉川弘文館、1986年6月、初出1984年9月)
中村啓信「「黄泉」について」(『古事記の本性』おうふう、2000年1月、初出1993年1月)
北野達「ヨミの国―死者の国の変貌―」(『古事記神話研究―天皇家の由来と神話―』おうふう、2015年10月、初出1994年3月)
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辰巳和弘「「籠もり」と「再生」の洞穴」(『他界へ翔る船―「黄泉の国」の考古学』新泉社、2011年3月、初出1996年11月)
西條勉「神話世界の成り立ち」(『古事記と王家の系譜学』笠間書院、2005年11月、初出1997年4月)
土生田純之『黄泉国の成立』(学生社、1998年)第三部
福島秋穗「伊耶那岐命による黄泉国訪問神話の成立時期について」(『紀記の神話伝説研究』同成社、2002年10月、初出2000年1月)
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佐藤正英「黄泉国・葦原中国の分離―イザナキ・イザナミ神話Ⅲ」(『古事記神話を読む〈神の女〉〈神の子〉の物語』青土社、2011年3月)
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多田正則「『古事記』における「黄泉神」と「黄泉津大神」についての考察」(『萬葉語文研究』11、2015年9月)
土屋昌明「黄泉国と道教の洞天思想」(『古事記年報』58、2016年3月)
笹生衛「黄泉国と古墳・横穴式石室」(『古事記学』2号「『古事記』注釈」補注解説、2016年3月)
谷口雅博「『古事記』における「黄泉国」の位置づけ」(『古事記学』3号、2017年3月)
岩本崇・髙橋周「黄泉国訪問神話と古墳時代墓制をめぐって」(『黄泉国訪問神話と古墳時代出雲の葬制』今井出版、2019年3月)
髙橋周「黄泉国訪問神話と出雲」(『黄泉国訪問神話と古墳時代出雲の葬制』今井出版、2019年3月)

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