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師木県主

読み
しきのあがたぬし
ローマ字表記
Shikinoagatanushi
登場箇所
綏靖記/安寧記/懿徳記
他文献の登場箇所
紀   神武2年2月乙巳(2日)条
    綏靖2年春正月条
    安寧3年正月壬午(5日)条
    懿徳2年2月癸丑(11日)条
    孝昭29年正月丙午(3日)条
    孝安26年2月壬寅(14日)条
    孝元即位前紀
    天武12年(683)10月己未(5日)条
続紀  天平7年(735)9月庚辰(28日)条
万   5・837
姓   大和国神別
    和泉国神別
旧   5・天孫本紀
    7・天皇本紀(孝元)
始祖
弟師木(紀)
日子湯支命(姓)
大売布(姓)
建新川命(旧)
物部印岐美連公(旧)
後裔氏族
志貴連
説明
 「倭国六県」のひとつである志貴県(大和国磯城郡、のちに城上郡・城下郡)を本拠とした氏族。『古事記』においては、綏靖記・安寧記・懿徳記の系譜記事に名がみえる。天武12年(683)10月に連姓を賜った。『日本書紀』は神武東征時に帰順した弟磯城を祖とする伝承を載せるが、『新撰姓氏録』は神饒速日命の孫・日子湯支命や七世孫・大売布を、『先代旧事本紀』は七世孫・建新川命や八世孫・物部印岐美連公を祖としており、神饒速日命の系譜に列なるとの伝承も存在した。また、師木県主は綏靖から懿徳まで(『日本書紀』では孝霊まで)のキサキを輩出しており、『古事記』ではいずれも次代の天皇を産んでいる。綏靖の生母が大物主神の娘・富登多々良伊須々岐比売(『日本書紀』では事代主神の娘・姫蹈韛五十鈴姫命)であることを踏まえると、磯城が三輪山信仰の中心地であったことから、同地の豪族である師木県主よりキサキが選ばれたものと推測される。河内国志紀郡を本拠とする志紀氏(志畿之大県主)との関係性は不明であるが、もとは同族であったとする見解もある。
参考文献
吉井巌「倭の六の御県」(『天皇の系譜と神話』2、塙書房、1976年6月、初出1968年11月)
小林敏男「欠史八代の成立事情―県主后姫記載と天皇名―」(『古代王権と県・県主制の研究』吉川弘文館、1994年7月、初出1977年11月)
佐伯有清『新撰姓氏録の研究』考証篇、第4(吉川弘文館、1982年11月)
川上順子「師木県主の后妃」(『古事記と女性祭祀伝承』高科書店、1995年6月)
志水義夫「『古事記』欠史八代系譜の一考察―大物主神と師木県主―」(菅野雅雄博士古稀記念論集刊行会編『菅野雅雄博士古稀記念 古事記・日本書紀論究』おうふう、2002年3月)

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