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上津綿津見神

読み
うへつわたつみのかみ/うえつわたつみのかみ
ローマ字表記
Uetsuwatatsuminokami
別名
-
登場箇所
上・みそぎ
他の文献の登場箇所
紀 表津少童命(五段一書六)
旧 表津少童命(陰陽本紀)
梗概
 伊耶那岐神の禊の段で、中つ瀬で禊をした際に生まれた三柱の綿津見神(底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神)のうち、水の上ですすいだ際にうまれた神。綿津見神の子、宇都志日金析命の子孫である阿曇連等が祖神として、もちいつく(奉斎する)神。原文は「綿」の字の下に「上」の声注がある。
諸説
 名義や神格については、「綿津見神」の項も参照されたい。
 上津綿津見神の「上」の読み方にはウハ、ウヘの両説がある。この神名には、「上」を「宇閉(うへ)」と読むとする訓注が付されているが、それを上津綿津見神と上箇之男命の読みに適用するに際しては、表記の通りにウヘと読むとする説と、ウヘは単体の語形を示しているに過ぎないと解し、当該の神名では修飾語となっているので語形を変化させてウハと読むとする説とがある。
 底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神の「三柱の綿津見神」について、『古事記』の本文には、阿曇連が祖神として奉斎する神で、阿曇連は綿津見神の子、宇都志日金析命の子孫であると記されている。この三柱は同時に生まれた上箇之男命・中箇之男命・底箇之男命の「墨江之三前大神」(住吉大社の祭神)と対称をなしている。ワタツミの神を祭る神社は西日本の沿岸や島の各所にあり(『延喜式』神名帳)、また、名前にワタツミとつく神を祖神としている氏族は、阿曇連に限らず、安曇宿禰、海犬養、凡海連、凡海連といった海人の氏族がいる(『新撰姓氏録』)。ワタツミの神が海人の諸氏族によって広範囲にわたって信仰されていたことがうかがわれる。
 阿曇連はその中でも、中央に仕えて海人の統括者として活躍した有力な氏族であった。その拠点は、「筑前国糟屋郡阿曇鄕」(『和名類聚抄』)と考えられ、現在の福岡県の福岡市東区和白および糟屋郡新宮町付近を比定する説が一般的である。同郡の志珂鄕、すなわち志賀島には、阿曇氏が綿津見神を祭る志賀海神社(福岡市東区志賀島)があるが、『先代旧事本紀』には、三柱のワタツミの神が、阿曇連らの祭る「筑紫斯香神」すなわち志賀の神であると明記されている。また、『万葉集』にも「ちはやぶる金の岬を過ぎぬとも我は忘れじ志賀の皇神」(7・1230)と詠まれている。
 『日本書紀』応神天皇三年十一月条には、阿曇連の祖、大浜宿禰に、各地の従わない海人を鎮定させて「海人の宰」としたとあり、阿曇連が早くから海人族らの中で力を持っていたことが推定される。『延喜式』には、また、宮中においては、阿曇氏が高橋氏とともに大嘗祭での神膳奉仕の職掌を担っていたことが知られる。記紀の中で、阿曇連の祖神として綿津見神の誕生が特記されていることについても、王権への貢献を示す意図による同氏の関与が想定されている。
 記紀神話中、三柱の綿津見神以外でワタツミと称される神々が、阿曇連とどの程度関わるのかは議論の余地がある。特に、海神の国訪問譚に登場する綿津見神(綿津見大神)は、この神話の主旨が皇統の由緒を語ることにあると考えられることから、阿曇連の奉斎神という色彩は無いとする説もあるが、反対に、この神話の元になっているのは阿曇連の所伝だとする説や、阿曇連がその配下にあった隼人の伝承をつなぎ合わせて成立した神話と捉え、阿曇連の王権への貢献を述べる意図があるとする説もある。
参考文献
倉野憲司『古事記全註釈 第二巻 上巻篇(上)』(三省堂、1974年8月)
西郷信綱『古事記注釈 第一巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年4月、初出1975年1月)
『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月)
肥後和男「海神について」(『神話と民俗』岩崎美術社、1968年10月)
次田真幸「海宮遊行神話の構成と阿曇連」(『日本神話の構成』明治書院、1973年8月)
岡田米夫「海人族の氏神」(『海国日本の誕生』文永社、1976年12月)
『式内社調査報告書 第二十四巻 西海道』(式内社研究会編、皇学館大学出版部、1978年3月)
牧田茂「海の神」(『講座日本の古代信仰 第2巻 神々の誕生』学生社、1979年11月)
平野仁啓「日本の神の原型について―筒之男命と綿津見神―」(『東アジアの古代文化』39号、1984年1月)
橋本利光「海幸山幸神話と伝承集団」(『日本文學論究』50、1991年3月)
菅野雅雄「海神考」(『菅野雅雄著作集 第二巻 古事記論叢2 説話』おうふう、2004年3月、初出1995年9月)
荻原千鶴「阿曇連―海宮遊行神話論にむけて―」(『日本古代の神話と文学』塙書房、1998年1月)
荻原千鶴「海宮遊行神話諸伝考」(『日本古代の神話と文学』塙書房、1998年1月)
宮島正人「「筑紫日向之橘小門之阿波岐原」考証―綿津見神の原郷―」(『海神宮訪問神話の研究―阿曇王権神話論―』和泉書院、1999年10月)
宮島正人「「阿曇」考―アツメとハヤヒト―」(『海神宮訪問神話の研究―阿曇王権神話論―』和泉書院、1999年10月)
菅野雅雄「応神記残照―「海部」をめぐって―」(『菅野雅雄著作集 第四巻 古事記論叢4 構想』おうふう、2004年7月、初出2002年3月)
宮島正人「綿津見神―阿曇磯良神と宇都志日金拆命―」(『古事記論集』おうふう、2003年5月)
壬生幸子「『古事記』の海宮遊行神話―海神の位置づけとトヨタマヒメ歌謡―」(『菅野雅雄博士喜寿記念 記紀・風土記論究』おうふう、2009年3月)

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