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火之迦具土神

読み
ひのかぐつちのかみ
ローマ字表記
Hinokagutsuchinokami
別名
迦具土神
火之夜芸速男神
火之炫毘古神
登場箇所
上・国生み神生み
上・伊耶那美命の死
他の文献の登場箇所
紀 軻遇突智(五段一書二・四・六・七)/火産霊(五段一書三)/火神(五段一書五)/軻遇突智命(五段一書八)
美濃風 軻遇槌(逸文▲)
旧 火之産霊迦具突智(陰陽本紀)/火焼速男命神(陰陽本紀)/火火焼炭神(陰陽本紀)/軻遇突智(陰陽本紀)/迦具突智(神祇本紀)
神名式 香都知神社(紀伊国名草郡)
梗概
 火之夜芸速男神の別名。また、火之炫毘古神ともいう。
 伊耶那岐神・伊耶那美神の神生みで、火之夜芸速男神(火之炫毘古神・火之迦具土神)を生んだことで、伊耶那美神は陰部を焼かれて病み伏し、その嘔吐物・糞・尿からは神々が成った(金山毘古神・金山毘売神・波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神・弥都波能売神・和久産巣日神)。その後ついに神避りしてしまい、これを悲しんだ伊耶那岐神の涙には泣沢女神が成り、神避りした伊耶那美神を、出雲国と伯伎との堺の比婆之山に葬った。そこで、伊耶那岐神は、帯びていた十拳の剣を抜いて、その子、迦具土神の頸を斬った。その血によって神々(石析神・根析神・石箇之男神・甕速日神・樋速日神・建御雷之男神・闇淤加美神・闇御津羽神)が生まれ、殺された迦具土神の体の各部位からも神々が生まれた(正鹿山津見神(頭)・淤騰山津見神(胸)・奥山津見神(腹)・闇山津見神(陰)・志芸山津見神(左手)・羽山津見神(右手)・原山津見神(左足)・戸山津見神(右足))。その後、伊耶那岐神は伊耶那美神に会うため黄泉国へ向かった。
諸説
 「迦具土」のカグは、カガヨフ・カゲ・カグヤ・カギロヒなどに共通する語と捉えて、光や火がほのかにちらちら揺れることを表すとする説がある。輝くの意とする説もあるが、カガヤクの上代の語形はカカヤクと清音であったため、それとは異なるとする批判がある。また、香わしいの意として、物が火に焼けるとにおいを発することによる名前とする説がある。「香」と書いた例として、『日本書紀』神武前紀戊午九月条に「火を名けて厳香来雷(いつのかぐつち)と」する、とあり、『延喜式』所載の神社名にも「香都知神社」が見られる。ツは連体助詞、チは神霊の意とされる。
 別名の「夜芸速男」「炫毘古」が人格的な呼称であるのに対して、「迦具土」は自然的で原始的な神霊観に基づく呼称とする指摘があり、神名の成立は「迦具土」の方が古い神名とする説がある。
 「夜芸速男」「炫毘古」の「男」「毘古」から、男神とされるが、斬殺されて体の各部から神々が生まれた際に、闇山津見神が「陰」から生まれたとされるのが不審とされる。「陰」は普通ホトと読んで女陰のこととされるため、男神であることと矛盾する。そこで、ホトの語を男女の陰部の総称であったと解する説や、「陰」をカクレ、ヲバセ、ハゼなどと読んで男茎の意と取る説がある。また、文字通り女陰と解して、この神が元来は女神だったことの痕跡と捉える説もある。
 『日本書紀』では、「軻遇突智(かぐつち)」「火産霊(ほむすひ)」もしくは単に「火神」と称され、五段一書二・三・四・五・六に出生が、一書六・七・八に被殺の話が記されている。記の火神の神話は、紀の諸伝を包括・整理したような構成になっていることから、諸伝のうちで最も後期的な形態を示すと考えられている。両書を比較すると、記で伊耶那美神の病中に排泄・嘔吐から神々が生まれることは紀の一書四に対応し、伊耶那岐神が腹這い、その涙から泣沢女神が生まれることは一書六に対応、伊耶那美神を葬ることは一書五に対応、火神が斬殺され、その断片や血から神々が生まれることは一書六・七・八に対応している。ただし、記紀の諸伝が、それぞれどのような過程で形成され、どのように関係づけられるかは、まだ詳しく明らかにされていないため、なお検討の余地がある。
 鎮火祭祝詞(『延喜式』所載)にも、記紀の火神の出生や黄泉国訪問譚神話と同様の伝承が見られ、ここではそれが鎮火の起源譚として語られている。すなわち、伊佐奈美命が「火結神」を生んだことで陰部を焼かれて石隠れした後、伊佐奈伎命が禁を犯してその陰部を焼かれた姿を見てしまい、二神は離別して、伊佐奈伎命が上津国を、伊佐奈美命が下津国を治めることになったが、伊佐奈美命は、上津国に心悪しき子を生み置いたことに気をかけて、水神・匏・川菜・埴山姫を生み、その子の心が荒ぶったときにはこれらによって鎮めるよう教えた、とある。これに類似する内容が紀の一書三に見られ、「火産霊」を生んだ母神が焼かれて神退りする際に、水神罔象女、土神埴山姫、天吉葛を生んだとあり、関連がうかがえる。
 記紀の火神の神話の持つ意義は、紀の一書八に、「是の時に、斬る血激ち灑きて、石礫・樹草を染む。此、草木・沙石自づからに火を含む縁なり」とあるように、火の起源を語ったのがその基本にあると考えられるが、斬殺された火神から様々な神が生まれていることや、内容が次の場面の黄泉国訪問譚と直結していることなど、多面的な性格を有していることが注意される。この神話が、どのような観想に基づいたものであるかについては、以下のような諸説がある。
 ①発火法の反映とする説。火神を生んで母神の陰部が焼かれたことを、火鑽り杵と火鑽り臼とによって起こった火が木に着火することの表象と解する。火が女性の陰部や体内から発生する神話や、性交により火が生まれたという神話は諸外国にも見られるが、しばしば発火法の起源譚として語られた例もあり、そうした神話は、火鑽り杵と火鑽り臼を男女になぞらえたことに由来すると推定されている。
 ②火山の噴火現象の反映とする説。火神の誕生あるいは斬殺を噴火現象と見なし、死体からの諸神の化生を、それによって起こる様々な災異や大地の変動の表象とする。また、母神の女陰を焼いたという内容は、火口と女陰との形状の類似に加えて、火山の火口をホドという方言の例があることから、そうした古語がホト(女陰)の語と結びついて出来たとする説もある。
 ③焼畑農耕の反映とする説。火神は、「火産霊」(紀・一書三)「火結神」(鎮火祭祝詞)とも称されており、「産霊」の神格が生産にまつわる霊能とされることから、ここでは、火の有用性や生産的な性質が示されていることがうかがわれる。そこで、伊耶那美神の排泄・嘔吐から土の神や水の神が生まれていることや、紀の一書二で軻遇突智が埴山姫を娶って稚産霊が生まれていること、また、火神の死体から山の神々が生まれていることなどが、山林原野を焼いて畑を作る焼畑農耕の表象と解されている。この説は後述のように、比較神話学的な検討も進められている。
 ほかに、出産後に産屋を焼く産屋焼きの習俗が背景にあるとする説や、火神の斬殺を、刀剣の威力によって火を鎮圧する鎮火の呪法と捉える説などもある。それぞれの説には、批判も提示されており、どの説が最も妥当であるかは確定的でないが、一方、一つの観点に限定せず、火をとりまく諸現象に関する内容を包括的に含んだ神話と捉える説もある。
 火神の登場によって生まれた神々について見ると、金属の精錬(金山毘古神・金山毘売神)、土器の製造(波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神)、焼畑農耕(弥都波能売神・和久産巣日神)、刀剣の鍛造(石析神以下)のように、火の使用による生産的な活動に関する要素が見出だされる。こうした内容から、火の利用による人間の文化の起こりが語られていると捉える説もある。
 外国の神話と比較すると、女性の体内や陰部から火が生まれたとする神話は、メラネシアやポリネシア、南米にかけて多く分布しているが、これは、芋や穀物などの食物の起源が死体からの発生にあることを語る神話の類型(ハイヌウェレ型)の分布とよく重なっており、火食(食物調理)の観念を通して両者が結びついていることが指摘されている。記紀においては大宜都比売神(記)・保食神(紀)の神話がハイヌウェレ型の内容を持ち、焼畑農耕の文化を背景にした神話と考えられているが、火神の神話をそれに対応させることも考えられている。
 死体の各部位から神々や地形などが生まれることは、中国の『述異記』の盤古神話や、インドの『リグ・ヴェーダ』のプルシャの神話などに同様の観念が見られることが指摘されている。また、火の誕生によって天父・地母が分離するという内容を、ポリネシアの天地分離神話の系統を引くものとする説や、中国古代の火神、重黎の神話に、迦具土神の神話と共通する天地分離・焼畑農耕の要素が見出だされるとして、ポリネシアよりもむしろ中国大陸から渡来したものと捉える説もある。
参考文献
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