國學院大学 「古典文化学」事業
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神阿多都比売
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神阿多都比売
読み
かむあたつひめ
ローマ字表記
Kamuatatsuhime
別名
木花之佐久夜毘売
登場箇所
上・邇々芸命の結婚
他の文献の登場箇所
紀 鹿葦津姫(九段本書)/神吾田津姫(九段本書)/木花之開耶姫(九段本書)/神吾田鹿葦津姫(九段一書二・三)/木花開耶姫(九段一書二・六)/吾田鹿葦津姫(九段一書五)/豊吾田津姫(九段一書六)/吾田津姫(九段一書七)/木花開耶姫命(九段一書八)
旧 豊吾田津姫(皇孫本紀)/鹿葦津姫(皇孫本紀)/神吾田鹿葦津姫(皇孫本紀)/吾田鹿葦津姫(皇孫本紀)/豊吾田鹿葦津姫(皇孫本紀)
梗概
大山津見神の娘。別名を木花之佐久夜毘売という。姉に石長比売がいる。
邇々芸命が、笠沙の岬で木花之佐久夜毘売に出会い、求婚したところ、父・大山津見神は喜んで、姉の石長比売を添えて結納品とあわせて献納した。しかし、石長比売は容姿が醜いことを理由に返され、邇々芸命は木花之佐久夜毘売のみと結婚した。それを恥じた父神が言うには、娘二柱を共に献ったのは、石長比売を娶れば、天孫の命は岩の如く不動となり、木花之佐久夜毘売を娶れば、木の花の栄える如く栄えるであろう、という誓約(うけい)をしたためであったが、姉を返して妹のみを娶ったことで、天孫の命は木の花のように短くなるであろう、という。今に至るまで天皇たちの命が長くないのは、このためである、と『古事記』は説明している。
邇々芸命と結婚すると、一晩で懐妊したため、邇々芸命は、我が子でなく国つ神の子であろう、と疑った。木花之佐久夜毘売は疑いを晴らすため、戸口の無い八尋殿を作ってその中に入り、土を塗って塞ぎ、出産の際に自ら殿に火をつけた。火の中で火照命・火須勢理命・火遠理命の三神を無事に生んだことで、天孫の子であることが証明された。
諸説
神名は、「阿多」を南九州の地名とみて、阿多の地の姫の意と考えられている。「神」は尊称、「都」は助詞とされる。南九州は隼人族の住んだ土地であり、この神の子のうちの一柱、火照命が隼人阿多君の祖であることから、元来は阿多の地を本拠とする隼人族が奉斎した神とみる説がある。
地名の阿多は、薩摩国に阿多郡(『和名類聚抄』二十巻本)があり、薩摩半島の西海岸地帯、およそ今の鹿児島県南さつま市に当たっているが、八世紀初め頃に薩摩国が置かれる以前には、「阿多」は薩摩半島地域の総称に相当したとされる。また、邇々芸命がこの神と出会った「笠沙御前(かささのみさき)」は、『日本書紀』に「吾田の長屋の笠狭の碕」とあり、今の南さつま市の野間岬に比定される。
『日本書紀』九段では「鹿葦津姫(かしつひめ)」(本書)、「神吾田津姫(かむあたつひめ)」(本書)、「神吾田鹿葦津姫(かむあたかしつひめ)」(一書二・三)、「吾田鹿葦津姫(あたかしつひめ)」(一書五)、「豊吾田津姫(とよあたつひめ)」(一書六)、「吾田津姫(あたつひめ)」(一書七)という神名で見え、アタやカシが神名の中核になっている。カシは、加志氏という大隅国の隼人の存在(『続日本紀』)から、九州南部にあった地名であろうと考えられている。
阿多と王権との結びつきは、阿多の小椅君の妹で神武天皇の妻となった阿比良比売の存在も指摘されている。こうしたことから、この神の神話の背景には、大和王権による隼人の服属の歴史が潜在すると捉え、天孫・邇々芸命との婚姻譚は、祭事・政事を掌った阿多の隼人族の女性との婚姻を通して王権がその一族を服属させたことを意味すると解する説がある。
なお、この神にまつわる神話は、前半の、天皇の寿命が短いことの由来を語る短命起源譚と、後半の、木花之佐久夜毘売が一夜で懐妊し火の中で子供を生んだ火中出生譚とに分けられるが、本来は別々の伝承であったとする見方がされている。「神阿多都比売」と「木花之佐久夜毘売」という二つの名前は、本来は元のそれぞれの伝承に登場する別の神であったのが、王権のもとで伝承が結合されて、同一神の別名という扱いになった結果を示しているといわれ、「神阿多都比売」は、後半の婚姻から火中出生譚に伴って伝えられた神格で、「木花之佐久夜毘売」という神名や、神話前半部分にあたる天皇短命起源譚とは無関係であったと考えられている。
その他、別名や伝承の内容については「木花之佐久夜毘売」の項も参照されたい。
参考文献
西郷信綱『古事記注釈 第四巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年10月、初出1976年4月)
倉野憲司『古事記全註釈 第四巻 上巻篇(下)』(三省堂、1977年2月)
『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月)
中西進『中西進著作集 1 古事記をよむ 一』(四季社、2007年1月、初出1985年11・12月)
松村武雄『日本神話の研究 第三巻』(培風館、1955年11月)第十六章
吉井巌「火中出産ならびに海幸山幸説話の天皇神話への吸収について」(『天皇の系譜と神話』塙書房、1967年11月、初出1966年10月)
菅野雅雄「上巻記載の「亦名」」(『菅野雅雄著作集 第一巻 古事記論叢1 系譜』おうふう、2004年1月、初出1969年7月)
大林太良『日本神話の起源』(角川書店、1973年3月)
吉井巖「海幸山幸の神話と系譜」(『天皇の系譜と神話 三』塙書房、1992年10月、初出1977年10月)
青木周平「神武天皇成婚伝承と〈一宿婚〉」(『青木周平著作集 上巻 古事記の文学研究』おうふう、2019年3月、初出1984年3月)
阿部誠「古事記の一宿婚―その表現の獲得―」(『上代文学』60号、1988年4月)
橋本利光「木花之佐久夜毗賣の神話―石長比賣と短命起源譚―」(『古事記年報』37、1995年1月)
及川智早「死の起原説明神話における木花之佐久夜毘売と石長比売―その名称をめぐって―」(『古事記の神々 上 古事記研究大系5-Ⅰ』高科書店、1998年6月)
阿部誠「神阿多都比売と木花之佐久夜毘売―神名の接続と神話の構想―」(『古事記の神々 上 古事記研究大系5-Ⅰ』高科書店、1998年6月)
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