國學院大学 「古典文化学」事業

甕布都神

読み

みかふつのかみ

ローマ字表記

Mikafutsunokami

別名

佐士布都神
布都御魂

登場箇所

神武記・熊野の高倉下

他の文献の登場箇所

紀　韴霊（神武前紀戊午年六月）
旧　韴霊（天孫本紀）／韴霊剣刀（天孫本紀）／布都主神魂刀（天孫本紀）／佐士布都（天孫本紀）／建布都（天孫本紀）／豊布都神（天孫本紀）
神名式　石上坐布留御魂神社（大和国山辺郡）／石上布都之魂神社（備前国赤坂郡）／多祁伊奈太伎佐耶布都神社（備後国安那郡）／佐肆布都神社（壱伎島壱伎郡）

梗概

　熊野に上陸した神倭伊波礼毘古命とその軍勢は、熊野山の荒ぶる神のために正気を失う。そこに高倉下という人が現れ、神倭伊波礼毘古命に一振りの横刀を献上すると、神倭伊波礼毘古命はたちまち正気に戻り、荒ぶる神も自然と斬り倒された。高倉下が授かった夢告によれば、横刀は神倭伊波礼毘古命らを救うために建御雷神が降したもので、国譲りの際に用いられたものであったという。この横刀が佐士布都神で、その別名として甕布都神・布都御魂があり、石上神宮に鎮座している。

諸説

　神名のミカは「厳」（「御厳」の約）とされ、勢いがある、猛々しい様子を意味する。甕布都神を天降らせた建御雷神も、『日本書紀』では「武甕雷神」「武甕槌神」と表記され、ミカを共通の要素としていた。フツは一般的に刀剣の神の呼称として理解される。その語源は現代語のプッツリのような「物を斬る擬声語」と説かれることが多いが、東アジアにおける広汎な刀剣祭祀の存在から、天や太陽に対する宗教的観想をともなった朝鮮語の「purk（赤・赫）」に由来するという説、除災招福の呪術儀礼を指す漢語の「祓」に由来するという説もある。また倭語の「都（ふつ）に」「尽（ふつ）くに」が「すべて」の意をもつことから、フツも一瞬にしてすべてを切り伏せるような霊威をあらわした語という理解もある。なおフツの語そのものは刀剣とは無関係として、フツに「依る」「寄る」「添う」と類似する意味があることを指摘したうえで、神霊の寄り添うモノ（甕布都神の場合は剣）と解する説もある。
　甕布都神や別名の佐士布都神は、修飾語を除けば「布都神」となるから、神名の重点がフツにあることが間違いない。この点は建御雷神の別名の「建布都神」「豊布都神」とも共通し、ここから甕布都神を建御雷神の分身、あるいは同神そのものと観想されていたとする理解もある。なお『先代旧事本紀』では、韴霊剣刀（佐士布都神）の別名として「建布都」「豊布都神」を記している。
　『日本三代実録』貞観二年（860）七月十日戊午条には、「河内国従三位弥加布都命神・比古佐自布都命の神階を進めて、並びに従二位を加ふ」とあり、別名である佐士布都神（「比古佐自布都命」）と並列するかたちで、ここでは「弥加布都命神」と表記されている。「延喜式神名帳」からは、河内国にフツの名を冠した神社は確認できないが、河内郡の「枚岡神社四座」のうち二座を「弥加布都命神・比古佐自布都命」に比定する説が有力視される。また若江郡の「弓削神社二座」に比定する説もあるが、同社の祭神を指すと思われる「弓削神」の神階が、貞観元年（859）時点で従五位上にすぎないという問題が残る（『日本三代実録』同年正月二十七日甲申条）。
　その他、「布都御魂」の項も参照。

参考文献

倉野憲司『古事記全註釈　第五巻　中巻篇（上）』（三省堂、1978年4月）
『古事記（新潮日本古典集成）』（西宮一民校注、新潮社、1979年6月）
西郷信綱『古事記注釈　第五巻（ちくま学芸文庫）』（筑摩書房、2005年12月、初出1988年8月）
『古事記（新編日本古典文学全集）』（山口佳紀・神野志隆光 校注・訳、小学館、1997年6月）
虎尾俊哉『延喜式　上（訳注日本史料）』（集英社、2000年5月）
三品彰英「フツノミタマ考―刀剣文化の伝来と日鮮建国神話の研究―」（『三品彰英論文集第2巻　建国神話の諸問題』平凡社、1971年2月、初出1932年11月～1933年5月）
松前健「鎮魂神話論」（『松前健著作集第11巻　日本神話の研究』おうふう、1998年8月、初出1960年8月）
笹谷良造「石上考」（『國學院雑誌』62-5、1961年5月）
池邊彌「ふつ神考」（『古代神社史論攷』吉川弘文館、1989年6月、初出1967年5月）
式内社研究会編『式内社調査報告第4巻　京・畿内4』（皇学館大学出版部、1979年11月）
岩田芳子「『古事記』建御雷神の神話」（『古代における表現の方法』塙書房、2017年3月）
平林章仁「石上神宮と祭神フツノミタマと物部氏」（『物部氏と石上神宮の古代史―ヤマト王権・天皇・神祇祭祀・仏教―』和泉書院、2019年5月）
中山陽介「「甕」を名に持つ神々について」（『古事記學』7、2021年3月）