國學院大学 「古典文化学」事業
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建依別
読み
たけよりわけ
ローマ字表記
Takeyoriwake
別名
-
登場箇所
上・国生み神生み
他の文献の登場箇所
旧 速依別(陰陽本紀)
梗概
伊耶那岐神・伊耶那美神が生んだ大八島国の第二の島、伊予之二名島は、身一つに面が四つあり、その四つのうち、伊予国を愛比売といい、讃岐国を飯依比古、阿波国を大宜都比売、土佐国を建依別という。
諸説
神名の名義は、勇猛な霊が依り憑く男子とする説がある。「建」の字は「健」の意として用いられたもので、『古事記』中にも「倭建命」などの例がある。タケは、タケシという形容詞の語幹で、勇猛の意とされる。ヨリは依り憑く意とする説がある。
「別」という称号は古代の人名に見られ、岐美二神の生んだ島やその国の名前にワケ・ヒコ・ヒメとつくのは擬人的な命名であると論じられている。国生みの伝承の中で、島や国に擬人名を持つ『古事記』の伝承は天武天皇朝以後の新しい形態であると論じられているが、「別」のつく神名の成立については、歴史上の「別」の性格とからめて論じられており、大化改新前後までに形成されていた皇子分封の思想、すなわち、『古事記』『日本書紀』で景行天皇が諸皇子に諸国郡を封じたのが「別」の起こりとしているように、「別」が天皇や皇子の国土統治を象徴するようになっていたことに基づく命名で、七世紀以後にできたものとする説がある。一方、大化以前の実在の姓や尊称という見方を否定し、ワクという分治の意味の動詞から発して、天皇統治の発展段階にふさわしい称号として採用、ないし創作されて伝承上の神名や人名に対して附加されたものと見なし、『古事記』の編集理念に基づいた称号体系の一環と考える説もある。
参考文献
山田孝雄『古事記上巻講義 一』(志波彦神社・塩釜神社古事記研究会編、1940年2月)
倉野憲司『古事記全註釈 第二巻 上巻篇(上)』(三省堂、1974年8月)
『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月)
佐伯有清「日本古代の別(和気)とその実態」(『日本古代の政治と社会』吉川弘文館、1970年5月、初出1962年1~3月)
吉井巌「古事記における神話の統合とその理念―別天神系譜より神生み神話への検討―」(『天皇の系譜と神話』塙書房、1967年11月、初出1965年5月)
川副武胤「「日子」(二)「国」「倭」「別」の用法」(『古事記の研究』至文堂、1967年12月)
三谷栄一「国生み説話と淡路・四国との関係」(『記紀万葉集の世界』有精堂、1984年5月、初出1968年12月)
荻原千鶴「大八嶋生み神話の〈景行朝志向〉」(『日本古代の神話と文学』塙書房、1998年1月、初出1977年3月)
森浩一「古代人の地域認識」(『日本の古代 第2巻 列島の地域文化』中央公論社、1986年2月)
建御名方神
多比理岐志麻流美神
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