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蛤貝比売

読み
うむかひひめ/うむかいひめ
ローマ字表記
Umukaihime
別名
-
登場箇所
上・根の堅州国訪問
他の文献の登場箇所
出雲風 宇武賀比売命(嶋根郡)
梗概
 大穴牟遅神(大国主神)が八上比売と結婚した後、兄弟の八十神に迫害を受けて、伯岐国の手間の山本で大石に焼き着けられて殺された際、神産巣日之命の命令で、キサ貝比売と蛤貝比売とが遣わされて大穴牟遅神を復活させた。キサ貝比売が大穴牟遅神の身体をかきあつめ、蛤貝比売が待ち受けて「母の乳汁」を塗ると、立派な男となった。
諸説
 「蛤貝」の読みの説はウムキ・ウムギ・ウムカヒ・ウムガヒがある。ウムキ・ウムギは、『日本書紀』景行天皇五十三年十月条に「白貝」が古くウムキ(ウムギ)と読まれていたり、『和名類聚抄』の「海蛤」項に和訓「宇无岐乃加比(うむきのかひ)」とあることや、『新撰字鏡』に「蚶」「■(虫+衆)」「■(虫+少)」といった字がウムキとあることから、ウムキを蛤の古名と解することによる。ウムカヒ(ウムガヒ)は、『出雲国風土記』嶋根郡法吉郷条に「宇武賀比売命」とあることによる。ウムガヒをウムギカヒの約まった語形とする説もある。
 大穴牟遅神は医療の神としての性格が指摘されており、その文脈上、キサ貝比売と蛤貝比売とが大穴牟遅神を蘇生した話も、医療との関係が考察されている。そこで、この話は貝の薬効による火傷の民間療法を伝えたものとする説があるが、対して、貝による火傷の治療法の見えはじめるのは、本草書の類では16世紀、明代まで下り、『古事記』撰録の時代には対応する証拠がないという批判もある。後漢頃の成立で梁の陶弘景が編集した『神農本草経』にも、「海蛤」の薬効が記されているが、火傷や外傷にまつわる効能は見えないことが指摘されている。一方、「母の乳汁」による蘇生行為に着目して、火傷の治療ではなく、乳の持つ生命力の回復・促進の力能が表わされているとする説がある。
 蛤貝比売の役割について、火傷の民間療法とする説では、「母の乳汁」を蛤の出す汁の形状の比喩ととり、キサ貝比売が削り集めた貝殻の粉を蛤の汁でといて、火傷で死んだ大穴牟遅神に塗って治癒したと解されているが、乳汁の力能を表わすとする説では、キサ貝比売が大穴牟遅神のばらばらになった死体を大石から削り集め、蛤貝比売が乳汁を死体に塗って蘇生したと解されている。なお、「母の乳汁」の「母」は、大穴牟遅神の母神、刺国若比売を指すとする説があるが、乳汁を出すものとしての一般的な母の概念で、特定の主体を指さないものと解する説もある。また、キサ貝比売のキサが本文の「キサげ集めて」の表現と対応していることに関連して、蛤貝比売のウムと「母(オモ)の乳汁」のオモとに対応を見出す説がある。
 薬としての乳汁は、早く唐代の勅撰本草書『新修本草』に「人乳汁 補五蔵、令人肥白悦沢」と見え、また、『大般涅槃経』などの仏教経典、あるいは『日本霊異記』や『今昔物語集』など後世の説話の中にも、乳汁の服用の効能が神秘的に語られるなど、古くから霊妙な力能を持つものとして認められてきたことが指摘されている。
 『出雲国風土記』嶋根郡法吉郷条に「宇武賀比売命」が見え、キサ貝比売に当たるかと考えられる「支佐加比売命」が嶋根郡加賀郷条に、「枳佐加比売命」「御祖支佐加比売命社」が同郡加賀神崎条に見える。これらを『古事記』と同神に比定する見方もあるが、内容に関連が見いだされないため、無関係の伝承とみる説もある。また、『出雲国風土記』で二神がともに神魂命(神産巣日神)の御子とあることについて、これは、『古事記』での二神が神産巣日神に遣わされる立場にあることから子として系譜づけられたもので、『出雲国風土記』の撰者が出雲の伝承と『古事記』のこの段の神名とを接合したものとする説がある。
参考文献
倉野憲司『古事記全註釈 第三巻 上巻篇(中)』(三省堂、1976年6月)
西郷信綱『古事記注釈 第三巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年8月、初出1976年4月)
『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月)
神野志隆光・山口佳紀『古事記注解4』(笠間書院、1997年6月)
出雲路修「「よみがへり」考」(『説話集の世界』岩波書店、1988年9月、初出1980年12月)
神野志隆光「読む キサカヒヒメとウムカヒヒメ」(『日本文学』34-5、1985年5月)
及川智早「古事記上巻に載る大穴牟遅神蘇生譚について―「乳」の力能―」(『国文学研究』97、1989年3月)
大鳥壽子「『古事記』の大穴牟遅蘇生譚をめぐって―貝を使った火傷の治療―」(『帝塚山学院大学日本文学研究』34、2003年2月)
多田一臣「母の甜き乳をめぐって」(『古代文学の世界像』岩波書店、2013年3月、初出2012年11月)
小野諒巳「■(刮+虫)貝と蛤貝および母の乳汁について―薬としての性格を中心に―」(『古事記學』5号「『古事記』注釈」補注解説、2019年3月)

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