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能裒野墓

読み
のぼののはか
ローマ字表記
nobononohaka
被葬者名
倭建命
代数
景行(第12代)皇子
陵墓の所在地
是に倭に坐しし后等と御子等と(能裒野に)諸下り到りて、御陵を作りて、即ち其地のなづき田を匍匐ひ廻りて哭き、歌為て曰はく…
住所
三重県亀山市田村町 地図を表示
緯度/経度
北緯 34°53'02.7"
東経 136°28'56.8"
古墳名
能褒野王塚古墳
墳形
前方後円
被葬者の事績
景行天皇の御子。兄大碓命を惨殺した暴虐な性格を父に恐れられ、熊曾・東方十二道の平定を命じられる。姨倭比売命より授けられた草那芸剣や、后弟橘比売命の助力によって危機を乗り越え、東国の平定を成し遂げた。その帰りに尾張国で美夜受比売との結婚を果たすと、美夜受比売のもとに草那芸剣を預け、伊服岐能山(伊吹山)の神の討伐に向かう。しかし、神への言挙げを誤まったことで瀕死の重傷を負い、麓の居寤清泉で一時的に回復して大和を目指すが、遂に能煩野の地で力尽きる。后や御子たちは能煩野に下り、そこに御陵を築いたとされる。
URL
亀山市観光協会(日本武尊御墓)
http://kameyama-kanko.com/genre/view/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E5%B0%8A%E5%BE%A1%E5%A2%93/
備考
宮内庁により治定されている。

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