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火遠理命

読み
ほをりのみこと/ほおりのみこと
ローマ字表記
Hoorinomikoto
別名
火袁理命
山佐知毘古
天津日高日子穂々手見命
日子穂々手見命
登場箇所
上・邇々芸命の結婚
上・海神の国訪問
上・鵜葺草葺不合命の誕生
他の文献の登場箇所
紀 火折尊(九段一書二・五・六、十段一書四)/火折彦火火出見尊(九段一書三)/火夜織命(九段一書七)
旧 火折尊(皇孫本紀)/火折命(皇孫本紀)
梗概
 邇々芸命の子で、木花之佐久夜毘売との間に生まれた三柱の神の第三。別名を天津日高日子穂々手見命という。木花之佐久夜毘売が火をつけた殿の中に入って出産し、火の盛んに燃える時に産まれた。
 海神の国訪問の段では、山の獲物を獲る山佐知毘古として、海の獲物を獲る海佐知毘古である兄の火照命と対峙する。ある時、火遠理命が兄に頼んで、互いの獲物を得る道具を交換してもらったが、借りた釣針を海で失くしてしまい、元の釣針を返すよう兄に責め立てられる。困っていたところ、海で塩椎神に出会い、助言を受けたので、その言葉に従って、船で潮流に乗り、綿津見神の宮に至った。
 その宮で綿津見神の娘の豊玉毘売と結婚し、三年を過ごしたのち、綿津見神の助けで失くした釣針を得た。それとともに綿津見神から、水を掌る力を持った塩盈珠・塩乾珠を授かり、一尋和邇(ひとひろわに。佐比持神)に乗って一日で地上に帰還する。綿津見神の教えに従って、釣針を返す際に塩盈珠・塩乾珠を使って兄・火照命を苦しめる。降伏した火照命は、以後、火遠理命の昼夜の守護人となって奉仕することを誓った。
 豊玉毘売は地上にやってきて天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命を出産するが、その時に八尋和邇(やひろわに)変身した姿を夫に見られてしまい、海の世界に帰ってしまう。子神の養育を託された妹の玉依毘売に添えて夫に歌を贈ると、火遠理命も妻への恋しさを詠んだ歌を返した。
 そうして、日子穂々手見命(火遠理命)は、高千穂の宮に居ること五百八十年、御陵は高千穂の山の西にある、とされる。
諸説
 火の中で誕生した三兄弟の末子で、『日本書紀』では「火折尊」と書かれる。兄弟とともに、火の中で生まれたことに関する神名と解されている。『古事記』では、三柱をまとめて、火が盛んに燃える時に生んだ子だと記しているが、『日本書紀』九段一書五には、火が初めに明るくなったときに生まれ出た子が火明命、火が盛んな時に生まれ出た子が火進命、火の衰えた時に生まれ出た子が火折尊だと記されており、『古事記』の火照命・火須勢理命・火遠理命という神名も、それになぞらえ、火が照りはじめ、勢いを増し、衰える、という火のそれぞれの状態を象徴した神名と解されている。「遠理」は折れる意とされ、「火遠理」は火が折れ崩れる意とする説などがある。
 一方、火遠理命の別名「穂穂手見命」に「穂」の字が含まれるように、神名のホは、元来は火ではなく穂の意であったとする考えがあり、火照命・火須勢理命・火遠理命を、稲穂が色づき、熟れ進み(もしくは、そそり立ち)、豊かに実って折れ撓む、という稲穂の成長の過程を象徴する神名と捉える見方もある。また、「穂穂手見命」に「穂」の字が使われているのは、瑞穂の国の君主としての資格を表す表現と捉える見方がある。
 二つの神名は、それぞれこの神の異なる神格を象徴しているとされる。また、本来はそれぞれ別の伝承の神で互いに無関係であったのが、一つの神話に統合されたことで同じ神の別名にされたとも考えられている。「火遠理命」という神名は兄弟神との共通性が強く、兄の火照命と争う海幸山幸神話の中でもこの神名で呼ばれているため、海幸山幸神話の主人公としての神名と考えられる。一方、「(天津日高)日子穂々手見命」という神名は、誕生時の記述と治世・陵所の記述の箇所のみに使われており、その名称の特徴も、兄弟神との共通性が無く、親の「天津日高日子番能邇々芸命」や子の「天津日高日子波限建鵜葺草不合命」に通じていることから、天神の正統な系譜の継承者であることを表した呼称と考えられる。
 海神の国訪問の段は、いわゆる海幸山幸神話であるが、記紀の海幸山幸神話は、釣針を探しに異界に行く「失われた釣針型」という話型の説話を骨子としながら、天孫の婚姻譚や隼人の服属起源譚といった要素を含んだ形で成り立っている。インドネシアやミクロネシアには、記紀と酷似した「失われた釣針型」説話が分布していることが指摘されており、その内容は、借りた釣り針を失くしたことを責められ、海に出て魚や娘の喉から釣り針を抜いてやったことで贈り物を得て、地上に帰って仕返しをする、というのが大筋である。伝承によってはこれに、大魚が主人公をすばやく岸まで送り届けるという要素や、主人公が泉で水を汲んでいた少女と出会うという要素、など、記紀と一層酷似する内容を示すものも見られる。「失われた釣針型」説話は、インドネシア地域が発祥と推定されており、そこから日本に伝来したとする見解が提示されている。
 海幸山幸神話中の「失われた釣針型」要素の記紀以前の原型は、隼人族の伝えた伝承にあるとも考えられており、本来の主人公を、その祖神の海幸彦(火照命)であったとみる説もある。また、王権に仕えて功績のあった海洋民で綿津見神の後裔とされる阿曇氏が、その隼人の伝承を材料に、王権への自氏の貢献を語る伝承として成立させたのが、海幸山幸神話の元になっているとする説もある。海神の宮に行き、その娘と結婚するという婚姻譚の要素については、『万葉集』(9・1740)に見られる浦島伝説と共通性があり、同源に発しているとみる説がある。
 かように記紀の海幸山幸神話には様々な説話的な要素が含まれているが、王権の神話としての構想の主軸は、天皇の国土統治の由来として火遠理命の活躍を示すことにある。特に、天孫の婚姻譚や隼人の服属起源譚は、『日本書紀』の諸伝では、このどちらか、もしくは両方を含まない伝も見られ、これらの要素は、元来の海幸山幸神話が王権に取り込まれた結果、皇統の尊貴性を語る要素として付加されたと考えられている。ただし、婚姻譚については、海神を奉斎する阿曇氏が自氏と王権との結びつきを示すものとして、元になった阿曇氏の伝承に含まれていたとする説もある。
 また、火遠理命が海神から宝珠を受けて火照命を打ち負かしたという内容については、漁撈や狩猟から農耕への移行を背景に、王権の勢力が漁業集団を圧倒し、その支配下に置いたことを意味すると捉える説や、海神を奉斎する阿曇氏の功績によって王権が隼人の制圧に成功した歴史を反映しているとする説がある。
 火遠理命が海の神の娘(豊玉毘売)と結婚した話は、父の邇々芸命が山の神の娘(木花之佐久夜毘売)と結婚した話と合わせて、天神の子孫が、自然界を構成する二大領域としての山と海の血統を取り込むことで、その呪力を獲得し、天皇の地上世界の支配者としての資格を確立する意義を持つと考えられている。豊玉毘売との結婚については、海神の職掌に降雨も含まれると解して、農耕の水利追求、ひいては葦原中国の豊穣をもたらす意義を含んでいるとする見方もある。また、二神の婚姻儀礼の描写は、現実の即位儀礼を背景として成り立っており、大嘗祭や新嘗祭、神今食といった祭りに関連しているとする論もある。
 この神が葬られた御陵について、『古事記』には「高千穂の山の西」にある、といい、『日本書紀』十段本書や『延喜式』諸陵寮には「日向の高屋山上陵」とある。明治七年(1874)に、大隅国姶良郡溝部村(現・鹿児島県霧島市溝辺町)の円丘がその陵所に治定されたが、薩摩国阿多郡鷹屋郷などの異説もある。
 別名については「天津日高日子穂々手見命」「山佐知毘古」の項も参照されたい。
参考文献
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