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能煩野

読み
のぼの
ローマ字表記
Nobono
登場箇所
景行記・望郷の歌
住所
三重県亀山市田村町1393 地図を表示
緯度/経度
北緯 34°53'02.7"N
東経 136°28'56.8"E
説明
 倭建命が東征から負傷しながら大和へ帰る途上、能煩野で歌を詠んで亡くなった。その報せを聞いた后や御子らは、その地に下向し、御陵を作った。『日本書紀』では「能褒野」と書く。
 『延喜式』諸陵寮に日本武尊(=倭建命)の「能褒野墓」が伊勢国鈴鹿郡にあると記される。能煩野(能褒野)は三重県鈴鹿市の西方から亀山市にかけての台地を指す地名と考えられている。台地上には古墳が多く、国府や国分寺などの遺構が集まっている。
 倭建命の能褒野墓は、現在は亀山市田村町の能褒野王塚古墳が治定されている(明治十二年(1879)治定)。当該の古墳名や町名の「能褒野」という称はこの治定に倣ったものである。ただし、墓の比定地は近世以来今日までなお諸説ある。
 地図には参考として現在の治定墓の位置を示した。
URL
備考
本居宣長『古事記伝』28(『本居宣長全集 第11巻』筑摩書房、1969年3月)
藤岡謙二郎(編)『日本歴史地名辞典』(東京堂出版、1981年4月)
平凡社地方資料センター(編)『日本歴史地名大系 第24巻 三重県の地名』(平凡社、1983年5月)
角川文化振興財団(編)『古代地名大辞典』(角川書店、1999年3月)

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