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幣羅坂

読み
へらさか
ローマ字表記
Herasaka
登場箇所
崇神記・建波邇安王の反逆
住所
京都府木津川市 地図を表示
緯度/経度
北緯 34°43'16.2"
東経 135°49'31.0"
説明
 大毘古命が高志へ下る途中、腰裳をつけて歌を詠む少女と出会った場所。少女の詠んだ歌は崇神天皇の庶兄・建波邇安王の反逆を暗示するものであった。
 『日本書紀』では「平坂(ひらさか)」と記されるように、「幣羅(へら)」は「平(ひら)」であり、境界の坂の意を持つと考えられる。『万葉集』には「あをによし 平山(ならやま)を越え…」(1・29)のように「平山」を「ならやま」と読む例もあり、「平坂(ひらさか)=ナラ坂」として倭(大和)から山代(山背)へ越える坂と解する説もある。
 古くは倭から高志(越)へ下る場合、山代・淡海(近江)を経る必要があった。「山代の幣羅坂」は山代の中でも倭との境に近い場所、つまり倭との境界の坂として解釈されている。一方、山代に行く途上の幣羅坂の義と解し、坂の所在地は必ずしも山代ではないとみる説もある。また、倭から山代へ越える坂を異境に接する坂とし、腰裳をつけた少女が幣羅坂で歌を詠むのは、坂の向こう側の他国に悪意を持った不逞の徒が存在することを知らせるためであったとする説もある。現在の京都府木津川市の坂とする解釈が通説となっている。
 また、『日本書紀』では少女が歌を詠んだ坂は「和珥坂」であり、別伝として「山背の平坂」の名がみえる。後に建埴安彦征討に向かう際、忌瓮を据えた「和珥の武■(金+喿)坂」と同一の坂とされる。「丸邇坂」の項も参照。
URL
備考
本居宣長『古事記伝』23(『本居宣長全集 第11巻』筑摩書房、1969年3月)
武田祐吉『記紀歌謡集全講』(明治書院、1956年5月)
尾崎暢殃『古事記全講』(中道館、1966年4月)
神田秀夫『新注 古事記』(大修館書店、1968年4月)
倉野憲司『古事記全註釈 第五巻 中巻篇(上)』(三省堂、1978年4月)
西宮一民(校注)『古事記』(新潮日本古典集成、新潮社、1979年6月)
西郷信綱『古事記注釈 第五巻』(ちくま学芸文庫、筑摩書房、2005年12月、初出1988年8月)
小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守(校注・訳)『日本書紀(1)』(新編日本古典文学全集、小学館、1994年4月)
山口佳紀・神野志隆光(校注・訳)『古事記』(新編日本古典文学全集、小学館、1997年6月)

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