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大物主神

読み
おほものぬしのかみ/おおものぬしのかみ
ローマ字表記
Ōmononushinokami
別名
意富美和之大神
大物主大神
坐御諸山上神
登場箇所
神武記・皇后の選定
崇神記・神々の祭祀
他の文献の登場箇所
紀 大物主神(八段一書六、九段一書二、崇神紀七年二月、崇神紀十年九月、雄略紀七年七月)/大物主大神(崇神紀七年八月、崇神紀七年十一月)/大物主(崇神紀八年十二月)/大三輪之神(八段一書六)/大三輪神(雄略紀十四年三月)
播磨風 大物主葦原志許(美囊郡)
土左風 大神(逸文)
筑前風 大三輪神(逸文)
拾 大物主神(大己貴神、天祖の神勅)
旧 大物主神(天神本紀、地祇本紀)
祝 倭大物主櫛■(瓦+長)玉命(出雲国造神賀詞)
姓 大物主神(山城国神別、未定雑姓・大和国)/大物主命(左京神別下、山城国神別)
梗概
 伊須気余理比売(神武天皇の皇后)の父神、ならびに意富多々泥古の祖神として登場する神。
 神武天皇が皇后を選定する際、大物主神の娘である伊須気余理比売の名が挙がった。娘の出自を語るには、三島の湟咋(みぞくひ)の娘である勢夜陀多良比売に心惹かれた大物主神は、その娘が大便をする際赤く塗った矢(丹塗矢)に身を変えて溝を流れ下り女陰を突いた。驚いた娘が慌てて走り回り矢を床のそばに置くと、大物主神は立派な男の姿となった。そのまま娘を娶って生んだ御子が富登多々良伊須々岐比売命(比売多々良伊須気余理比売)であった。
 崇神天皇の時代では疫病をもたらし、祭祀を要求した。大物主神は疫病に苦しむ天皇の夢に顕れ、自分を意富多々泥古に祭らせたならば祟りは収まり、国に平安が訪れると告げた。天皇はその託宣の通り、意富多々泥古を河内から呼び寄せて祭祀を執り行わせる。加えて諸神を余すことなく祭ると疫病は止み、国が平安になった。
 祭祀を執行した意富多々泥古は大物主神の子孫であった。その由緒には、大物主神は素性を明かさず陶津耳命の娘である活玉依毘売のもとへ毎夜通っていた。程なく娘は身籠もった。男の素性を探るため、父母は娘に麻糸を通した針を男の着物の裾に刺すよう告げる。朝になり、鉤穴を通り抜けた麻糸を辿ると三輪山の神社に至った。そこで娘は、男の正体が三輪山の神であることを知った。活玉依毘売の子から数えて四世代目が意富多々泥古である。
諸説
 『古事記』上巻の「坐御諸山上神」の「御諸山」は三輪山を指すとされる。『古事記』中巻・神武記には「美和の大物主神」とあり、三輪山という共通の祭場を持つ大物主神と坐御諸山上神を同一の神とする考えが定説となっている。三輪山を神体山とした大和国城上郡「大神大物主(おほみわおほものぬし)神社」という『延喜式』神名帳の記事も参考となる。
 大物主神の名義については、「大」は美称、「主」は支配者、「物(モノ)」は鬼や魔物、怨霊、精霊など、畏怖の対象を抽象的に表現する語とされ、神格の中核を「モノ」と捉えることから一般に「偉大なるモノ(物)の支配者の神」と解される。
 「モノの支配者」に関しては、モノそのものと捉える説とモノを押さえ込む力を持つとする説、大きく二つの説に分かれて論じられる。『古事記』の中で大物主神の存在が最初に示されるのは、大国主神との国作りの場面である。大物主神を「モノ」そのものと捉えることで、鬼神・悪霊といった「モノ」を代表する大物主神が大国主神とともに国作りを行うのは、「まつろはぬ(服従しない)モノ」たちが宮廷に服し、その課する秩序を受け入れるに至ったことを物語るのだと論じられる。また、『古事記』崇神天皇の御世において発生した疫病を「モノ」による祟りと解し、疫病を引き起こした大物主神を祟り神として捉える説もある。一方で、大物主神が統治者による祭祀と引き換えに、厄災を引き起こす「モノ」を抑圧する力を発揮し、統治の平穏を保証する存在となることが論じられる。『古事記』神武天皇条において、神武が大物主神の娘(伊須気余理比売)と婚姻する展開は、「モノ」を抑えることで平穏を保つ大物主神の加護を得るためであるとされている。また、大国主神との国作りの場面において大物主神の存在が示される点について、『古事記』における「モノ」が生成力の側面も持つことから、大物主神の本質を、生成力を内在させた「国作り」という属性に見出す論もある。
 また、『日本書紀』八段一書六では大国主神の別名として大物主神の名が記される。大国主神は複数の「亦名(別名)」を持つことから、複数の神格を統合することによって造形されると捉えられている。大物主神もまた大国主神の神格の一つとして統合が試みられた。しかし、『古事記』上巻の中で大物主神と大国主神はともに国作りを行っており、二神は別神として描かれる。『古事記』が大物主神を大国主神の別名として扱わなかった理由について、大物主神は大国主神と別個の神格としての側面が強く示されたために二神の同一神化が断念されたとする説がある。また、『古事記』の伝承を大物主神が大国主神に習合される前段階のものと捉え、『日本書紀』の伝承を後に成立したものと考える説もある。更に出雲国造神賀詞には大穴持命の「和魂」として「倭大物主櫛■(瓦+長)玉命」の名が記され、阿遅須伎高孫根の命・事代主命・賀夜奈流美命とともに「皇孫の命の近き守り神」として置かれたとされる。
 更に大物主神の姿について『古事記』でははっきりと示されないものの、意富多々泥古の出自を語る「三輪山伝承」において、大物主神が「戸の鉤穴」から外に出たという描写により、蛇身であることが暗示されると説かれる。『日本書紀』崇神天皇十年九月条では「小蛇」であることが明かされ、雄略天皇七年七月条からは「大蛇」であると同時に雷であることが知られるとされる。
 『古事記』において大物主神は神武天皇や崇神天皇といった天皇と関わりを持つ。崇神天皇条では祭祀を通じて大物主神を天皇家側に取り込むことで、大物主神を天皇家に敵対する存在(負の存在)から守護する存在(正の存在)へ転換させると論じられる。婚姻によって大物主神と関わる神武天皇条も同じ論理の中で解されている。『日本書紀』九段一書二には、高皇産霊尊が葦原中国平定によって大物主神を服従させ、自分の娘を妻とし、永久に皇孫を護るよう命じる場面があり、このような伝承が神武天皇条の構想の基盤にあったと考えられている。天皇家が婚姻(神武記)や祭祀(崇神記)を介して大物主神と関わるのは、統治の対象である「天下」の秩序を安定させようとするためであり、大物主神が祟ることを止め、国の平安を約束することで天皇家を守護する存在として機能するとも論じられる。すなわち、出雲国造神賀詞に記される「皇孫の命の近き守り神」となるとされる。また、『古事記』上巻「国作り」の段において大物主神は「倭の青垣の東の山の上」での祭祀を要求し、「倭」の神として記載されるが、その「倭」の神が崇神天皇条において祟りを引き起こした際、「河内の美努村」において祭祀者・意富多々泥古を得た。この「倭」から「河内」への空間の広がりを、天皇家の支配領域である〈ウチツクニ(幾内)〉としての「倭」の拡大を意味すると理解し、大物主神祭祀が天皇の支配領域拡大を語ると論じられる。
 大物主神は意富多々泥古によって祭られるが、『古事記』「三輪山伝承」では、その意富多々泥古が「神君(みわのきみ)・鴨君(かものきみ)」の祖であることが記されており、「三輪山伝承」は大物主神の祭祀を担った神君の始祖伝承として位置付けられるとされる。大物主神が活玉依毘売に生ませた子の子孫として意富多々泥古の存在を語ることで、意富多々泥古は大物主神を祭る「神主」として相応しい資格を持つ者となるとされる。意富多々泥古の出自を語るものとして「三輪山伝承」を捉える論がある一方で、正体不明の神(大物主神)の素性を明かし、大物主神の祭祀の成功と神の本質・正体をつかむことを対応させて捉える説もある。
 その他、「坐御諸山上神」の項も参照。
参考文献
倉野憲司『古事記全註釈 第五巻 中巻篇(上)』(三省堂、1978年4月)
『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月)
西郷信綱『古事記注釈 第五巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年12月、初出1988年8月)
『古事記(新編日本古典文学全集)』(山口佳紀・神野志隆光 校注・訳、小学館、1997年6月)
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谷口雅博「大物主神の位置付け」(『古事記の表現と文脈』おうふう、2008年11月、初出1990年3月)
青木周平「三輪神にみる〈国作り〉と〈神祭り〉の性格」(『青木周平著作集 上巻 古事記の文学研究』おうふう、2015年3月、初出1991年1月)
飯泉健司「信仰掌握―崇神天皇・三輪山説話」(『王権と民の文学―記紀の論理と万葉人の生き様』武蔵野書院、2020年10月、初出1993年9月)
神田典城「オホモノヌシとオホクニヌシ」(『記紀風土記論考』新典社、2015年6月、初出1999年1月)
阿部真司『大物主神伝承論』(翰林書房、1999年2月)
矢嶋泉「『古事記』の大物主神」(『青山語文』35号、2005年3月)
小浜歩「『古事記』大国主神・大物主神伝承と天皇についての一試論」(『神道研究集録』21輯、2007年3月)
小浜歩「大物主神の神名と神格の関わりについて」(『神道宗教』207号、2007年7月)
谷口雅博「『古事記』神話の中の災害―災いをもたらすモノ―」(『悠久』129号、2013年1月)
寺川眞知夫「大物主神の神名と性格」(『大美和』126号、2014年1月)
谷口雅博「崇神紀祭祀記事の意味するもの―疫病の克服と国家の成立―」(『上代文学』128号、2022年4月)

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