江戸時代中期の国学者・賀茂真淵による『万葉新採百首解』(京坂二書肆版)の翻刻テキスト。
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(第六二首) 巻之四 碁コノ檀タンノ越ヲチ往《二》伊勢国ニ《一》時留レル妻ノ作歌一首 神風之、伊勢乃浜荻、折伏、客宿也将宿、荒浜辺尓(五〇〇) かみかぜの、いせのはまを゛(ママ)き、をりふせて、たびねやすらん、あらきはまべに
此碁を漢音によむ人もあれど呉音は古への常なればことよむべし、 即呉氏なるが古へは氏をも名をも字はさま〳〵にも書しなり、檀越はたん をちと、呉音のまゝに唱へて即常人の名なるべし 旅ねのさま、思ひやれる心は、もとよりにて、そこに有ぬべきものを巧ます いひつゞけたるが、自めてたき歌となりぬる也○神風のいせとつゝくること、上の 志長鳥の所にいひしごとく、風は其始いざなみの命の御息吹より生れる 故に、神かぜのいきといふを略きて、伊の一語に冠らしめたる也、いぶきまどは しと人まろのよみしをも思ふべし、委くは冠辞考にいひつ○仙覚註〔五〇オ〕 に風土記を引て、伊い勢せ津づ彦ひこの神風を起して去つるより云といへるを、契冲 法師難して曰く、神風のいせてふ詞は、神武天皇大御歌にはしめてみゆ、扨 其伊勢津彦のさりつることは、右の御歌よみ給ひし同し年にて、暫く さきのことゝみゆるぞ、やかて歌の辞としもし給ふべからずと、こは定かなる 論なりけり○浜荻は只荻なり、巻十に葦あし辺べなる荻の葉さやき、秋風の、吹 来るなへに、雁鳴わたる、巻十四に妹なろかつかふ河辺の、さゝら荻、あしと ひとこと、かたりよらしも、和名抄にも荻ハ与相似而テ非ス《二》一種ニ《一》といへり、かく古 より中頃まで別にして似たる物とし、且浜辺に葦荻は交りて生れば、伊 勢の浜荻とよめるなり、浜辺にある荻也、然るを何人か、物の名も所により てかはりけり、などいひてあしを伊勢にては、浜荻といふと意得たるは、ひが こと也、後の人は其本をば推ず、かの流言をのみ覚て迷へる也○あらき 浜とは、あら海、あら磯、てふ類にて浪のあらく打よする浜をいふ〔五〇ウ〕 《上欄》今葦に交/て生るをよ/くみれは葦/は直くして/弱く荻は節/にまかり有/て葉のさま/つくこと也