江戸時代中期の国学者・賀茂真淵による『万葉新採百首解』(京坂二書肆版)の翻刻テキスト。
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(第一二首) 同し巻 おなし時の歌 加吉都播多、衣尓須里都気、麻須良雄乃、服曽比猟須流、月 者伎尓家里(三九二一)〔一三オ〕 かきつばた、きぬにすりつけ、ますらをの、きそひがりする、つきはきにけり
紫なるかきつばたの花して、摺るきぬきて、をとこたくゐの競ひて、 猟する夏は来たる、ことはおもしろく、狩場のさまも思ひやらるゝなり ○古は衣すれるに黄丹紅なとは染おきもしけん、其外の色は花にても 草木の実葉なんどにても、時につけたる物して摺つとみゆ、さて今 は四月なればかきつばたにてする也、第七の巻に、住の江の浅沢小野の かきつばた、衣にすりつけきん日しらずも、などよみたれば専ら摺たる なりけり、且古は色してむら〳〵とすりたるのみならしいもかため、またく 衣をすらんとて、とも見えたり、中頃よりは物の形をするなり○ます ら雄は集中に、丈夫と云は義訓なり、益ます荒あら雄をと書は益は借字にて 正まさ荒あら男をの意なり、たゝ荒男とのみも読て、手た弱をや女めに対る語なり、後 世の説に、男は女に益るゆゑに、ますらをと云、女は男に劣る故に、をとめ〔一三ウ〕 といふと云るは誤なり、何となれば神代紀に吾ハ是男子マスラヲなり、理当《二》先唱《一》 如何婦人タヲヤメ反先《レ》言乎これ古訓にて、同条に可美少男うましをとこ可美少女うましをとめとある、 この少男、少女は、古訓をとこをとめ也、万葉にもをとめとは、若き女のこと 故ニ少女、幼女、未通女、処女、など書て仮字も遠登米をとめ也乙女いへるものを 古書にいまだみず、【乙は於登の仮字なるゆゑ/少女の事にはあらさるなり】をとこもて、かく少男をいふのみ 仮字もをとこ也、故に右の紀にますらをと、たをやめを対へ、をとこをと めを対へて云り、古書の語を集めて義を思ふべきにこそ○夏の猟は 推古紀云十五年夏五月五日、薬猟《二》於菟田野ニ《一》云々天智紀云七年夏五 月五日天皇猟ス《二》於蒲生野ニ《一》云々、万葉巻一にもみゆ、かゝれば五月のみある 事にやとみゆるを、巻十六の乞食者の為《レ》鹿述《レ》痛歌に平群へくりの山に四 月とや五月のほどに薬くすり猟かり仕ふる時に、云々かゝれば今四月にてもよみたる也 且薬狩とは薬草を採ものといへと却て鹿をとるを専とするにや右の乞〔一四オ〕 食者の歌に鹿の射られて角も肉も其外公の用をなすことをよめり 《上欄》語の意を委/いはゝますあ/らをゝます/らをといひ手/もよはめをた/をやめといふ/音便にて音/韻を転し通/せるものなり」又少男少女は/わかきほとの/称なるを後/にすへての男/女をいふ事に/なりぬ其後/の世の事を以/て古を見る/ゆゑ理違ふ/なり又女を/をみなと云は/麻続女てふ/意にてその/業をもてい/ふなり