江戸時代中期の国学者・賀茂真淵による『万葉新採百首解』(京坂二書肆版)の翻刻テキスト。
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(第二一首) 巻之九 献ル《二》弓削ノ皇子ニ《一》歌【三首の中】 佐宵中等、夜者深去良新、雁音、所聞空、月渡見(一七〇一) さよなかと、よはふけぬらし、かりかねの、きこゆるそらにつきわたるみゆ〔一九ウ〕
此下にもこの皇子に奉るてふ歌あり、それが左に、人麻呂家集に出と 註せり、然れば今は読人しられずと書るも、猶歌のさまは人麻呂家 集めきたり○弓削皇子は天武天皇の皇子にて、舎人皇子の異母 の御兄にておはせり、然は其御時にある人の家集に、かく献歌と書た るしるべし、是万葉に撰ゑらみしものならぬかきざまなり 月のかたふくかたに雁の鳴わたる、物しづかにあはれもことにて、且夜 のふけたる事もしるき、空のさまなるをもてかくよめる成べし○佐さ 夜よの佐は発語也、委く云時は物によりて小狭などの意なるもあれ ど、深きに用ふるには意なし、さて小夜中は夜よ半なかにして深たる夜也、 月も初夜より渡りて、中空すぎんを月わたると云べし、巻七に狭夜さよ 深ふけ而て夜よ中なか乃の方かた尓にともよめるにむかへ、右のさよ中とよは深ぬらしてふ をしるべきなり