江戸時代中期の国学者・賀茂真淵による『万葉新採百首解』(京坂二書肆版)の翻刻テキスト。
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(第三五首) 巻之十一 寄テ《レ》物ニ陳フ《レ》思ヲ 左檜隈、檜隈河尓、駐馬、馬尓水令飲、吾外将見(三〇九七)〔二九オ〕 さひのくま、ひのくまがはに、こまとめて、こまにみつかへ、われよそにみん
妹が家は此川ちかくありぬらんを、思ふ夫をとこの前わたりして行が、此ひのく ま川に水かへじ、よそにすら見ん物をとよめる成べし、或人は後朝の歌 とせり、さてわれよそに見んてふ語、少しかなはずや○檜ひの隈くま河は、巻 七にもよめり、和名抄に大和国、高市郡檜前【比乃/久末】とあるこれなり○ 左さ檜ひの隈くまのさは発語にて意なし【佐さは狭さと同じ、筑波ををつくはなどいふ、小の字/なりこの小字も意なし、発語也小をと狭さと理同 しければなり、さひのくまひのくまと、同し事を重ねおきたるは、/みよしのゝよしのなどの例なり、これら古の風流にいひし語なり】○古今集に、さゝ のくまひのくま河とあるは、今の本に書そこなひたる成べし、さゝのくま にては理ことはりなし、しばし水かへとあるはなほしたるか、また馬と書たれば、昔はうま に水かへとよみけんもしらねど、古今集によりてこまとはよむなり