江戸時代中期の国学者・賀茂真淵による『万葉新採百首解』(京坂二書肆版)の翻刻テキスト。
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(第五六首) 巻之七 摂津ノ作 志長鳥、居名野乎来者、有間山、夕霧立、宿者無為(一一四〇) しながとり、ゐなのをくれば、ありまやま、ゆふぎりたちぬ、やとはなくして
こは一つの家集に書たるさまにて、此上に山やま背しろ作、芳よし野の作など有類なり 旅路の夕暮に、摂津国のゐな野を来るに、夕ぎり深く立て、行末もわか ず、宿かるへき家もなくてせんすへなくと云り、集中に苦しくも、降く(ママ) る雨か、三輪かさき、さのゝわたりに、家もあらなくに、又何所にか、吾やとか らん、高島の、かりのゝ原に、此日くれなばともよめり○志し長なか鳥とりは息長鳥也、 おき長鳥は、にほ鳥也、神代紀にいさなきの神の吹はらふ息に生る神を、 志し長なか門と彦ひこ、志し長なか門と辺へといふ、これ風の神なり、其息を志といふ事、右の神 名にてしるべし、且風を志といふことあらしなどの類なり、その志し長なかち〔四五ウ〕 に通はして、こち、はやち、などゝいへり、故に志長と息おき長なかと同しきをしり、 さて集中に、にほ鳥の息長川、にほとりの潜息かつきつきとも、此鳥をさして八や 尺さか鳥ともよめるは、八尺の長息の事にて、此鳥鴦をし鴨かもに交りゐるに、独声なかく 鳴めり、よりて息おき長なか鳥とりといふべきをしれり、又水中に入てよくかづきする は、息長きものゝするわさなればいふにも侍るべし、さてゐとつゞくるは集 中に、にほとりのふたりならびゐともよみ、其外此類の水鳥は、必雌雄めをひき ゐてある故に、ゐとつゞくる成べし、凡このにほとりをよめる歌、古事記を始て、 万葉に多し、通はして考へて冠辞考に云つ○猪ゐ名な野のは、摂津国河辺郡、 有馬山は、有馬郡なり、猪名野の曠ひろ野の成なること、仁明紀にみゆ 《上欄》息を古はおき/といひ又はきと/いふ志長鳥/猪名と書し/猪の字によ/りてしゝのこ/となりてふ/説あれは(ママ)論/にもたらす凡/獣を何鳥と/いひ木を何/草といふこと/は只後世の好/事のものゝ/偽なり古は/物の多くて/さる紛らはし/き事はなか/るへし