江戸時代中期の国学者・賀茂真淵による『万葉新採百首解』(京坂二書肆版)の翻刻テキスト。
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(第六首) 巻之八 山部宿祢赤人歌【四首の中】 吾勢子尓、令見常念之、梅花、其十方不見、見雪乃零有者(一四二六) わかせこに、みせんとおもひし、うめのはな、それともみえすゆきのふれゝば
此四首は、前二首は中、春以下のさま、後二首は却かへつて初春の事なり、 故に今は後を前にあげつ、赤人は他書に見えず、只此集にのみあれ ば、父祖はしりがたし、時は専もはら聖武天皇の頃と見えて、其御時 の歌、集中に多し、且人麻呂よりは少し後の人なり、集中に山やま部への 宿祢と書たれば、其先は顕宗天皇の御時、来く目め部への楯たててふ人に、山 部の宿祢ヲ賜れるより始れる姓氏なるべし、然るを古今の真ま名な序しよ に、山やま辺への赤人と書る誤を伝へて、後には皆山辺と書かく事と思へり、山やま 辺のへは姓も真まつ人とにて万の氏なること、桓武紀に証あり、且山辺はやま〔八ウ〕 のへ山部はやまへと唱となへ来れり、又地ところにていへば、大和国に山やまの辺への郡こほり有あり、此人 東にて歌もあるによりてヽ上総の山辺なりといふも尾につきてめぐる 獣けもののたとへなり 我思ふ友たちの問こん時、みせんと思ひし梅を、雪のふりかくせるや、あ やなしといふを雪のふれゝばといひ残したり○わかせことは、古は人を貴 みて云詞也、故に集中に家やか持もちと池いけ主ぬしとの贈答、其外にも男どちの歌 にも、わがせこと称してよめり、依て友だちなどさしたることしらる、兄 弟姉妹の中にては、姉をも弟より妹いもといひ、弟をも姉よりは兄せといふこと 顕宗紀の細書に見えたり、扨夫婦を妹いも背せと云もとは、二神の妹背よ り起て、右の例をもかねたり、後世は夫婦をのみしかいふと覚て、〔九オ〕 古今集に貫之の、わかせこが衣春雨ふるごとにてふ歌に、今の赤人の 歌を引て、女もせこといふなりといへるは誤れり、貫之の歌は女のよめらん意 になりていへる也【さる例も/はへり】とかく古語をよく論して後に解はなすべ きなり○ふれゝばの上のれは里気反なり、仍てふりけれはを、つゞめ てふれゝはと云、集中に例多し、されど此歌は零有者といへる故、専らふりた ればとよむべけれど、語例によりて印本にもふれゝばとよみたるに従ふなり