万葉新採百首解ビューアー

江戸時代中期の国学者・賀茂真淵による
『万葉新採百首解』(京坂二書肆版)の翻刻テキスト。

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宴会
(第九六首)
巻之二十 三月六日於《二》河内クレヒトノ郷馬国人《一》宴会歌【三首の中】 尓保杼里乃、於吉奈我河波半、多延奴等母、伎美尓可多良
武、己等都奇米也母(四四五八)
にほどりの、おきなかかはは、たえぬとも、きみにかたらん、ことつきめやも




右に天平勝宝八年、二月廿四日、太上天皇、太皇大后幸《二》行於河内離宮《一》
とあるに同じ度也、さて此歌の左に、右一首主人散位寮、散位馬フヒト
歌也といへり、此散位寮に属て京にあるを行幸供奉にて本貫
の此所の家に帰り居て宴すれば、主人てふ語は有なるべし、伎人サト
孝徳紀にみゆ、和名抄にもれたり〔七四オ〕

世にたえまじき川水をもて、誓とせること、上にいづみ川のみをたえず
てふ類にて、集中に相似たる歌どもあり○にほどりは既にしなか鳥
の下に云るがごとく、此鳥水底より出ては、かつきの海人の息つく様に長
息の鳥ゆゑ、息長川につゞけし也けり、集中ににほどりのかつき息つぎとも
沖にすむま鴨の如は、八尺鳥ともよめるを思ふべし○息長川は近江国
坂田郡に有べき事、日本紀其外にもみゆれば、近江にての古詠なるを、
此宴会にうたひたるにや、又既に云ことく、志長に同じければ、河内国の
磯長川をやがておき長川とも読るにや

《上欄》後世此おき/中川を沖中/川の心と思/へるは甚ひか/こと也此歌に/おき赤を是/にこれる字/を云て天皇/の御名にも/息長気長/なといひし/こと多し且/息を古はお/きといひし/いと多詞な/るをや

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